第31話
「はぁはぁ……」
互いの魔法の打ち合いにより荒れた平地に両者の疲れ果てた声。どちらも同じように満身創痍だが、唯一違うのは一方が立っていて、もう一方が地に伏していることだ。
地に伏していたのは――ゼノウのほうだった。
「どうやらこれで終わりのようだな」
肩で息をしながらヘイトリッドは仰向けのゼノウを見下ろす。
「ここまでオレと渡り合ったのはロイエス以来だな。だが、お前はあいつに一歩及ばなかった」
疲労の色を浮かべつつ嘲る。勝敗は決した。それがヘイトリッドに余裕を生ませたのだろう。
「そうだな……。俺はロイエスのようにはなれない。でも、あいつはどうやらなれたようだな」
地に伏しながらもゼノウは口許に笑みがあった。
「なんだと?」
不審に思いながらも神山のほうを振り向いたヘイトリッドは、そこに広がる光景を見て我が目を疑った。
「な、馬鹿な……」
ヘイトリッドが目にしたのは、黄金の輝きが神山の上空を覆い、絶対的な強さを誇る雷神竜がくずおれるまさにその瞬間だった。
「どういうことだ? なにが起こった?」
唯一対等に渡り合えるゼノウはこちらにいる。雷神竜を倒せるものなどいないはずだ。 ヘイトリッドはそう言いたげだ。
「あの竜を倒せる者などいないはずなのに……」
「ヘイトリッド。お前はなにも分かってない。倒したんじゃない、助けたんだよ」
なおも言い募るゼノウに苛つきを隠すことなく怒りをぶつける。
「だから、そんなことただの人間にできるわけ――」
「いただろう、ただ一人だけ。そして、その人間は神山で力を授かった」
「ま、まさか、あのガキも同じように……? いや、だが勇者ギルドが何度も調査したのにもかかわらず、今までなに一つ見つかっていないはずだ。そんなことできるわけ」
「簡単な話だ。それはアリーゼが認められたからだ。精霊たちにな」
ゼノウは未だ痛む身体を無理に起こす。
「心の底から誰かの助けになろうとする気持ち。それはずっとアリーゼが変わらずに持ち続けていたものだ。だからこそ、精霊たちは力を貸した。お前が今目にしているのは、そんな他者を想う少女が起こした奇蹟なんだ」
鋭い口調で言い切って事実を突き付ける。
「……認めない。認めないぞ! あんなガキにオレの野望が阻止されてたまるものか。今からでも殺しに――」
事実を直視できず拒絶を繰り返す。そんな子供のように駄々をこねるヘイトリッドにゼノウは止めを刺すがごとく言い切る。
「残念だが、お前はここで終わりだ」
鶴の一声。それを皮切りにヘイトリッドを取り囲むように勇者たちが姿を現した。思わぬ者の出現にヘイトリッドは眉をひそめる。
「いったいどこにこんなにも……」
「俺が呼んだ。お前と初めて会うときから勇者を集めてもらっていた。さすがに万全の状態の竜族は手に負えないからな。こうして直接戦えるタイミングを窺っていたというわけだ」
雷神竜の操っていたことに加え、ゼノウとの激戦で相当に魔力を消耗したはずだ。いかな上位種族といえども本来の力を発揮できないだろう。
「ふざけるな。こんな結末、断じて認めんぞ!」
「いい加減に観念しろ。ここにいる勇者は全員選りすぐりの精鋭だ。満身創痍のお前では勝ち目はない。殺されたくなければ投降――」
そこでゼノウは言葉を切った。
ヘイトリッドはまだ足掻くように身体を竜化させる。しかし、残りの力では全身とまではいかないようだ。
もはや呆れるくらいの諦めの悪さにゼノウは嘆息する。勇者たちは動き出したヘイトリッドに備えて武器を構え臨戦態勢を取る。
「この場にいる全員を殺して、あのガキも――」
「――無天抜刀」
漆黒の風が吹き抜ける。一筋のように見えた剣閃のあと、数え切れないほどの斬撃がヘイトリッドを切り刻む。最後の力を振り絞った攻撃に抵抗する間もなく、白目を剥いて竜化したまま倒れ込んだ。
「心配するな。命までは取らない」
完全に気絶したヘイトリッドを一瞥してそう告げる。あえて手を抜いたのではない。きっと彼女ならこうしていたからだ。
「あとのことは任せていいか? ちょっと会わないといけない奴がある」
近くにいた勇者にそう言って承諾を得ると、ゼノウは神山を目指した。
「やはり、かなり荒れてしまったようだな」
雷神竜の落雷により、神山は焼き畑のあとのような様相だった。木々も草花も燃えてしまっている。大地も削れてかつての姿は見る影もない。
だが。希望は確かにそこにあった。
黄金の輝きを携えて立つ少女の姿が。
「あ、ゼノウさん」
こちらに気付いて振り向いたアリーゼの顔は傷だらけだ。どれだけの危険を冒したのか見ただけで分かる。それでも彼女の表情はとても穏やかだった。
「雷神竜は?」
アリーゼと死力をぶつけ合ったはずの雷神竜の姿がない。
「無事正気を取り戻してついさっき帰っていきました。『ありがとう』って、そう言ってました」
当事者の誰もが雷神竜を討伐するしかないと考えていた中、アリーゼだけはなにかがおかしいと気付いた。そして、見事救ってみせた。なにも持っていないはずだった彼女が。
「わたし、ちゃんと行動で示せました……よね?」
顔だけを向けて聞いてくる。
「ああ、上出来だ」
そう言ってゼノウは笑みを零す。
「あ、笑った。わたし、ゼノウさんの笑ったところ見るの初めてです」
「そうだったか?」
ごまかすように言うゼノウを見て今度はアリーゼが笑う。
「おほん、いい雰囲気のところ悪いけど、私のことを忘れてないかしら?」
分かりやすい咳払いで割り込んできたのはヒルダだ。彼女もまた全身に傷を負っている。顔にも疲労の色が見て取れた。
「わ、忘れてたわけじゃないよ」
「そう? ならいいけど。それにしても、まさか本当にやってのけてしまうとはね」
戦いの傷跡を一瞥してヒルダはそう口にする。彼女も最初は反対していた側だ。それでもアリーゼを信じ協力した。この結果はヒルダにとっても誇らしいものだった。
「わたしだけじゃないよ。ヒルダちゃんだって協力……」
「あー、もうそれは聞き飽きたわよ。実際に雷神竜を救ってみせたのはアリーゼ、貴方なのよ。助けるための力を借りることができたのも貴方」
あくまで自分の力ではないことを強調しようとするアリーゼにヒルダは優しい表情を浮かべて言う。
「貴方が成し遂げたことなのよ。胸を張りなさい」
ヒルダがアリーゼの頭を撫でる。
「わたしが成し遂げた……こと」
――ぽつりと涙が頬を伝う。
「ちょ、ちょっとなんで泣き出すのよっ!? 私、なにか変なこと言ったかしら!」
慌てふためくヒルダ。
「あ、あれ、なんでだろ……。涙が、止まらないや……」
ぐすぐす、と次第に溢れてくる涙を拭うアリーゼ。全てが終わった今、様々な感情が彼女の中から溢れてきたのだろう。
「はぁ、本当に手間のかかる子ね。収まるまで私の胸で泣きなさいな」
ヒルダは包み込むように優しくアリーゼを抱き締める。
そのやり取りをゼノウはただ黙って見ていた。下手に自分が口を出す場面ではないのだ。
(そういえば……)
ふと気になってアリーゼの形見の剣に視線を向ける。そこにはただいつも少し古ぼけた剣があるだけだ。
「うぇえええん、うぐ、えっぐ……」
夜が明ける。大地に暮らす全ての生命をあまねく照らす豊穣の光。神山の空を照らしたあの黄金の輝きのようにその眩い陽光を見て目を細めながらゼノウは思う。
(ロイエス、あんたの意志はちゃんと受け継がれてるよ)
陽光はいつまでアリーゼの涙を照らし輝かせていた。
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