第30話
「いったい何回言えば分かるんだッ!」
神山の中腹で無骨な鎧を着込んだ勇者の叫び声が木霊する。ここまで勇者たちを束ねて引き連れてきたリーダーのようだ。顔の傷は雰囲気は場数の多さを感じさせる。
「まだここを通すわけにはいきません。お願いですからもう少しだけ」
勇者の鬼気迫る気迫に負けじとヒルダも応戦する。彼女は雷神竜を討伐するために駆け付けてきた勇者たちを相手に必死に足止めをしていた。
すでに争ったような形跡があり、ヒルダも勇者たちも得物を手にしていた。雷神竜に挑む前に傷を負っている勇者もいる。
「君のことは知っているよ。マクギラン家の者だろう。まだ適性試験に合格していない君が勇者の邪魔をしたと知ったらお父様はどう思う。悪いことは言わない。ここは我々に任せて君は早く――」
「うっさいわね。どいつもこいも。口を開けばマクギラン、マクギランって」
静かに、しかし凄みを感じるさせる声。
「確かに私はマクギランの名を背負ってる。家を継ぐ者として常に相応しくあらねばならない。そんなことは私が一番よく分かってる」
常にマクギラン家の娘としか認識されなかった。今までの自分はそれをよしとし、ただ愚直に家のことだけを考えて生きてきた。自らの勇者像すら捨てて。
「……でもね。私は気付かされた。誰のために、なんのために、勇者は存在し強くあるのか。それを私は今も必死で雷神竜を助ける方法を模索するあの子に教わった」
「ちょっと待ってくれ。今、雷神竜を助ける……そう言ったか?」
「ええ、もちろん」
「馬鹿な。そんなことできるわけがない。現にあの竜は手が付けられないくらい暴れているんだぞ」
周囲の勇者たちも馬鹿げたことだとせせら笑う。
「これ以上被害が大きくなる前に総力をあげて討伐する、それしか道はない」
「討伐しか道はない――本当にそうでしょうか?」
「なに?」
リーダーの勇者は怪訝ながらに問う。
「もしあの竜がなんらかの原因によって苦しんで暴れているのだとしたら、その原因を取り除けば助けることができます。そうすれば討伐しなくても済むはずです」
ヒルダの説明に勇者たちは反発する。
「証拠はあるのか? あの竜が苦しんでいる証拠が」
「証拠なら今皆さんが見ているとおりです。これだけ落雷があったにもかかわらず街には一切の被害ない。神山でもここに住む者たちに被害はないはずです。よく思い出してみてください」
勇者たちは記憶を巡らせるように思案して、はっと気付いたような顔をする。
「いちおう筋は通っている、が、仮にそうだったとしてその原因を取り除く手段がなければ意味がない。それを示せなければ我々としては賛同できない」
言っていることはもっともだった。派遣された勇者たちの使命は街を守ること。この議論している時間すら本来であれば無駄なのだ。それが滲み出るように問答する勇者の口調は少し棘が現れ始めていた。
「その手段はもうすぐ現れてくれる……はずです」
今まで気迫のあったヒルダの言葉がわずかながらに揺れた。さすがにこればかりはアリーゼが早く戻ってきてくれることを祈るほかない。今できることはそれまで引き留めておくことだ。
「ずいぶんと自信がなさそうだな。今すぐ示せないというのであれば、君を退けてでも先を進む。これが最後通告だ」
ついに我慢の限界だと、リーダーを始めとして各々が戦闘態勢に入る。いかなヒルダといえどこれだけの数を相手に足止めは厳しいだろう。
「あの子が駆け付けるまでここは絶対に通さない!」
いよいよ以て両者が得物を構えて戦いの火蓋が切って落とされようとした――そのとき。
「ヒルダちゃんっ!」
今まさに斬り合いが起きようとしたところで、一同は突如現れた一人の少女に釘付けになる。
「アリーゼ、ようやく戻ってきたのね。待ちくたびれた――ってなによ、それっ!?」
その場にいる全員の気持ちを代弁するようにヒルダが驚きの声を上げる。それもそのはずだ。アリーゼの手には黄金に輝く剣があるからだ。それは眩いまでの輝きで辺りを優しい温もりで照らす。
「それが貴方が見つけた方法ってわけね」
ヒルダの問いに頷き返すアリーゼ。顔つきは戻ってきたときのほうが数倍良くなっているように思えた。
「あとはこれであの竜を……」
そう言って二人は雷神竜へと目を向ける。少し見なかった間に抵抗はかなり弱くなっているように感じた。それは決して正気を取り戻したのではなく、徐々に自我が侵されつつあるのだろう。救うのならば今がその瀬戸際だ。
「すまないが我々にも説明してくれないか?」
今まで蚊帳の外にいた勇者たちを代表してリーダーの勇者が割り込んでくる。結果的にこうして待ってもらっていたのだ。説明をする義理はある。
「馬鹿げたことだと思われるかもしれませんが……。わたしは雷神竜を救いたいと思っています」
「それはさきほど、マクギランの――失礼。ヒルダさんから聞いている。我々が問いたいのは仮に苦しんでいるとして、その原因を取り除く方法があるのかということだ。我々もこれ以上ここで問答を繰り返すつもりはない。今すぐにその方法を示してほしい」
アリーゼに詰め寄るようにリーダーの勇者は一歩前に出る。勇者のほうが身長が高く見下ろす構図だ。
ヒルダは知っている。彼女は怖い人が苦手である、と。今アリーゼに詰め寄っている勇者は間違いなく彼女が怖い人に分類されるはずだ。昔学院でSランク勇者に対してびくびくしていた彼女が姿が脳裏に浮かぶ。ヒルダは心配そうにしつつ、いつでも加勢する心構えをしている。
「この剣の輝き、これは神山で精霊たちから授かったものです。これで必ず雷神竜を助けてみせます」
気後れも物怖じもせず、毅然とアリーゼは対峙する。
「……!」
間近でアリーゼに剣を見せられて、なにかに気付いたようにリーダーの勇者は目を見開く。
「そんな口だけで納得できるか!」
後方に控える勇者のうちの何人かが抗議の声を上げる。
だが。
「……分かった。君たちを信じよう。だが、猶予はほとんどない。チャンスは一度だけだ。これ以上は看過できないと判断したそのときは我々も介入する」
「分かりました。協力感謝します」
一時的とはいえ協力してくれると言ってくれたことにアリーゼは頭を下げる。
「アリーゼ、私はなにをすればいい?」
「ヒルダちゃんは――」
そのとき、一際大きな落雷音が神山に轟いた。雷神竜に視線を向けると、もうほとんど抵抗の様子は見受けられなかった。こちらに血走った双眸を向けている。
「道中の護衛をしたほうが良さそうね」
「そうみたいだね」
二人は目を合わせる。こんな状況だというのに二人は笑った。
「じゃあ――行くよ!」
雷神竜のもとへ、アリーゼとヒルダは駆け出した。
「隊長。どういうおつもりなんですか? あんな子供に任せるなんて」
引き連れてきた勇者のうち副官を務める勇者が聞いてくる。その顔は不服そうだ。
「アリーゼという子が持っていたあの剣、うろ覚えだが文献の中にあった記述でロイエスが持っていたものと同じのような気がしたんだ。確か精霊剣と言ったか」
「まさか」
「私もそう思うが、神山のロイエスの逸話は君も知っているだろう。勇者ギルドが何度も調査団を派遣しても見つけられなかった。それが彼女の助けたいという想いに共鳴して力を貸してくれたのだとしたら」
今に逸話として残る彼も力を授かるとき、同じようなことを言ったとある。
「〝種族を繋ぐ〟か。彼女たちが今しようとしているのは、そういうことなのかもしれない」
先に行った二人を思いながらリーダーの勇者は呟く。
「連れてきた勇者たちは納得していないみたいですが、どうします?」
副官が尋ねる。
「今は彼女たちを信じよう。いつでも行けるように準備だけは整えておけと伝えてくれ」
副官は指示を受けてそれを勇者たちに伝えにいく。リーダーの勇者は二人が行った先の空を見ながら身を案じた。
いつの間にこんなにも彼女の背中を逞しく感じるようになったのだろう。そんなことを先の行くアリーゼを見ながら不意にヒルダは思った。
「ねえ、アリーゼ。こんなときに言うことでもないかもしれないけど……」
「なに?」
「貴方、変わったわよね」
「そうかな?」
どうやら自覚はないらしい。
「さっきだって勇者相手に毅然としていたじゃない」
「そ、そういえばさっき人、ちょっと怖かったな……」
いまさらぶり返してきたように少しだけ顔を青くする。
「でも、あのときは助けたいっていう気持ちで一杯だったから。そんなこと気にならなかった。それにもし変われたんだとしたら、それはきっとヒルダちゃんやみんなのおかげだよ」
「私?」
「勇者は色々な人の協力で成り立っている――ゼノウさんが言っていたこと、今なら分かる。ここに来るまで本当に色んな人に助けてもらった。だから、今度はわたしがみんなに恩を返す番」
覚悟と強い意志。おどおどとしていたあの頃の面影は今の彼女にはない。
「わたしね、ずっと考えていたの。なんのために勇者はあるのか。今ならそれが見つかった気がする。そして、わたしが見つけた答えを行動で示す」
いよいよ雷神竜を目視できる距離まで近付いた。二度目の邂逅。だが、一回目と比べて明らかにこちらを敵対視しているのが分かる。一筋縄ではこの剣の力を浴びせることはできないだろう。
「――じゃあ行くよ! ヒルダちゃん!」
「ええ!」
二人同時に駆け出した。
『キュアアアアアアアアアアアアッ!』
二人を威嚇するように雷神竜も今までにない雄叫びを上げる。落雷もかつてない頻度だ。至近距離で落ちて行く手を阻む。
「すごい猛攻……。でも!」
もはや落雷ではなく、アリーゼを直接狙って雷撃がほとばしる。大地すらも抉る威力は直撃すれば一溜まりもない。
アリーゼの一振りが雷撃を掻き消す。放たれた光が雷撃を相殺するように消え失せた。
それだけではない。まるで自然そのものがアリーゼに力を貸しているようだった。倒木を突風が押し退け、今まで荒れていた地面が足場を作るように整っていく。確実に雷神竜へ辿り着く道筋が作られていく。そのことをアリーゼは肌で感じていた。
「みんなの思い、絶対に無駄にするもんか。必ず――助けるっ!」
アリーゼの想いに同調するように精霊剣の輝きが増す。
より近付ける場所を目指して突き進む。
『キュアアアアアアアアアアアアンッ!』
確実に距離を詰めてきているアリーゼを見て雷神竜は無数の雷撃を放つ。空気さえも焼き焦がしそうな青白い閃光。それらを精霊剣で払いのけながら進む。いくら精霊の力を借りているとはいえ、その余波は確実にアリーゼを傷付けていた。それでも立ち止まることない。
その雷撃のうちの一つが死角から迫る。
反応が遅れる。
速さでは雷撃に分があった。間に合わない。
「煌剣融世!」
極大の炎が雷撃を溶かした。追撃を狙う雷撃さえも巻き込んで。
「行きなさい、アリーゼっ! 示すのよ、貴方の信念を!」
ヒルダが次々と雷撃を炎で消し飛ばしていく。活路が開かれ雷神竜までもう少しだ。
「この一撃にわたしの全てを……!」
よりいっそう強く精霊剣を握り締める。雷神竜もさらに攻撃の手を苛烈にさせる。地面が抉れ、次々と倒木を起こす。それらを精霊たちが凌ぎ、ときにヒルダが迎撃する。そして、ついに雷神竜の目の前まで迫る。
『キュアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!』
膨大なまでの雷が雷神竜のもとに凝縮する。これで最後とばかりに雄叫びとともに圧倒的な青白い閃光を放つ雷撃を放出する。
アリーゼは一度剣を収め精神を集中する。失敗は許されない。絶対に雷神竜を助けるという想いを精霊剣に込める。
「お願い――元に戻って……っ!」
全身全霊の力を込めて、アリーゼは剣を引き抜いた。
ここに来るまで本当に色んな人に助けてもらった。あれだけ不甲斐なく退学寸前だった自分が今こうして精霊たちから力を貸してもらって雷神竜を助けようとしている。決して一人ではできなかった。
今はもう自分に引け目なんて感じない。わたしはわたしの道を行く。わたし一人では力不足かもしれない。でも、だからこそ勇者は一人で成し得ないことを教えてくれる。色んな存在から助けてもらって、今度はその力でわたしがみんなを、種族を超えて困っている誰かを助ける――それがわたしの目指す勇者だ。
どうしてこんなにもあの子が眩しく見えるのか。結局根本的なところで自分は彼女に負けているのだ。
どんな状況でも決して諦めず前を向く。全てをなげうって自分の命の危険すら顧みず己の信念の下に行動する。それはヒルダが憧れた勇者像そのものだ。だからこそ、アリーゼに嫉妬し同時に羨ましいとも思った。
ともに勇者を志す者として、最高の親友(ライバル)としてヒルダは叫ぶ。
「「行けぇええええええええっ!」」
舞い散る黄金の燐光が軌跡を描く。アリーゼの想いが込められた光波は膨大な質量の雷撃と激突する。互いの死力を注いだぶつかり合い。どちらが勝ってもおかしくない。
だが、わずかに。わずかに光波が少しずつ雷撃を押し返していく。
そして――雷神竜に届く。
辺り一帯が優しい光に包まれる。世界が真っ白に染め上げられた。
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