第65話

「離せ、畜生!! 兄貴、ぶっ殺してやる!!」


 秀介は鼻血を流し、血の混じった口角泡を飛ばしながら叫んだ。同じだけ殴り合ったのだから、きっと僕の顔もボコボコであるだろう。ただ、僕は秀介のように騒ぎ立てることなく、飽くまで冷静でいようと思った。


「うわあああああああ!!」


 秀介はもはや、叫んでいるのか泣き喚いているのかよく分からない状態だった。

 

 その時、はっと気がついた。

 同じ女性に好意を持った僕ら兄弟が、どうしてこんなにも異なる感情表現をしているのか。

 間違いなく秀介は、リナに恋心を抱いていた。だが、僕は違う。

 リナと出会った最初の頃こそ、秀介をライバル視したり、必死にリナの注意を引こうとしたりしていた。

 だが、それは恋心からではない。

 家族としての愛情からだ。僕はリナを、家族の一員として愛おしく想っていたのだ。だから、ここ数日は秀介を余計に意識することがなかった。


 恋心と愛情。優劣はつけられないだろう。単純に、兄弟で違いがあったということだ。


 暴れる秀介が部屋から連れ出された時、僕は自分が落ち着いていることを確認し、羽交い絞めを解いてもらった。

 警備兵が去り、スライドドアが閉まる。それと同時に、僕はドクターにコールした。


《大変な騒ぎだったようだな、恵介くん?》

「はい。でももう終わりました。それよりドクター、今後のことですが」


 僕は一旦、言葉を切った。そして一回深呼吸をし、告げた。


「これ以上リナの身体が壊れるようなことがあったら、すぐに安楽死させてやってください」

《……》


 しかし、言い淀む気配が、ドクの呼吸音から感じられた。


「ドクター?」

《実はたった今、リナちゃんの右腕が取れてしまったんだ》


 僕の手中から、携帯端末がするり、と床に落ち、軽い音を立てた。

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