第63話
「……あ、けいすけお兄ちゃんも……来てくれたんだね」
「ああ」
僕はリナを安心させるべく、笑顔を作ってみた。だが、本当に安心させたかった相手は僕自身かもしれない。
「お兄ちゃんたちが二人とも揃ったから……」
と言いながら、リナは右腕だけで上半身をベッドから上げようとした。
「駄目だリナ! まだ寝ていなくちゃ!」
秀介がリナの両肩に手を置く。しかし、
「ううん、いいの。ちゃんとお兄ちゃんたちの目を見てお話したいから……」
あまりに弱々しく見えて、僕は内心ハラハラした。しかしリナの右腕は、彼女の軽い体重を支えきり、ベッドから起き上がらせた。
「私、もうすぐ死んじゃうんだよね」
これはもはや、周知の事実だ。僕も秀介も何も言わない。否、言えない。
「分かるんだよ。この右腕だって、もうすぐ外れる。足も、胴体も、首も。そういう感覚があるの。だから――」
リナはすっと、息を吸い込んだ。
「私を殺して」
時が、止まった。
「だんだんバラバラになって死んでいくなんて、私、怖くて怖くて……。だから、お願い」
その前に、私を殺して。そうリナは繰り返した。
先に正気に戻ったのは、秀介だった。
「何馬鹿言ってるんだ、リナ!! 殺せるわけがないだろう!? だってお前は!!」
リナは俯き、微かに笑みを見せた。
「お兄ちゃんは本当にリナのことを大切に思ってくれてるんだね。分かる。分かるよ。しゅうすけお兄ちゃんも、けいすけお兄ちゃんも。でも……っ。でもね……」
すると、まるでダムが崩落したかのように、リナの瞳から涙が溢れた。
「お母さん、私のことなんて何とも思ってなかったんだ。私なんて、どうでもよかったんだ。生まれた時から、私はただのサンプル。人間まがいの欠陥品でしかなかったんだよ」
そんな自虐的な言葉を、一体どこで覚えてしまったのか。リナの一言一言が、僕の、そして秀介の心をえぐっていく。
「リナっ!!」
秀介が、リナの肩を抱きしめた。
「もう、何も言うな。言わないでくれ、リナ。俺はそんなリナの言葉、聞きたくない……。俺だって、俺だって怖いんだよ!!」
すると、秀介の対応に困ったのか、リナは僕の方を見つめた。
「秀介、話し合おう。僕の部屋に来てくれ」
「嫌だ!!」
秀介はリナの肩に額を擦りつけるようにして首を横に振った。
「みっともないぞ、秀介」
「何だと!!」
彼が顔を上げると、その目は真っ赤だった。まるで怒りの炎が網膜上で燃え広がっているかのようだ。
僕が言葉に詰まった、その時だった。
「私も、けいすけお兄ちゃんが正しいと思う」
その言葉に、はっと視線を下ろす秀介。
「リナ……」
「私、自分で自分は殺せない。だから、お兄ちゃんたちに私のことを決めてほしい。お願い。そうして」
「くっ!!」
すると秀介は踵を返し、僕の横を通り抜けてドアの向こうに消えてしまった。
「あいつ……」
「けいすけお兄ちゃんも、お願い」
僕はリナの顔を見下ろした。涙の筋は残っていたが、もう泣いてはいなかった。
「分かった」
それだけ告げると、僕もまたリナに背を向け、リナの病室から出て行った。
スライドドアの前で一歩、立ち止まる。ドアがいつもどおり、パシュッと音を立てて開く。
そうだ。早くこの場を去らなければ。これ以上、リナの眼前に照らし出された運命を直視し続けるには、僕らはあまりにも弱かった。
廊下を歩く。すれ違う人は全くいなかった。今頃、兵士たちは会議室で今後の方針を立て、研究者たちはさらなる分析を行うのにそれぞれ忙しいのだろう。
しかし、一つ解せないことがある。それは僕自身のことだ。秀介のような感情の高まりは、今日は感じていない。落ち着きとも諦念とも取れる、不思議な心境だ。 あんなにリナのことを想っていたはずなのに。そしてリナが『死にたい』とここまでダイレクトに伝えてきているのに。一体僕はどうしてしまったのだろうか。
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