第62話
しばし、ホールには高見の嘲笑だけが響いていた。内壁を打ち砕かんとするかのような勢いで。
「あー、笑った笑った」
高見は実にサッパリとした様子で顔を上げた。
「でもいい? これは、私の世間に対するリベンジなのよ。私の研究を踏みにじり、認めようとしなかった連中に対する、ね」
その時だった。
「じゃあこれは、望んでもいないのに生み出された私のリベンジね」
リナはすっと立ち上がり、右手をかざした。
「待て、よせっ、リナ!!」
しかし、時すでに遅し、だった。リナが右手をさっと左に払う。
すると、グシャリッ、という音がした。慌てて視線を壇上の高見に戻す。だがそこに、高見はいなかった。正確には、高見の上半身は消し飛ばされていたのだ。リナの、遠隔破壊能力によって。
バルコニーから、だらん、と何かが垂れ下がる。どうやら高見の臓物の一部らしい。
一連の人型生物兵器開発事件の、あまりにも呆気ない最後だった。
ここまでの流れを、兵士たちは呆気に取られて見つめていた。誰もが呼吸すら忘れてしまったかのような静けさが、ホールに漂う。それを破ったのは、隊長の手にした無線機からの声だった。
《上空支援班より突入班、状況を知らせよ》
隊長はゆっくりと自分の襟元につけたマイクを引き寄せ、
「こちら突入班、負傷者多数、救護ヘリを要請する。ただし、障害は実力を以て排除、並びに高見は死亡。繰り返す。高見は死亡」
《了解》
リナはぼんやりと、バルコニーの方を見つめていた。それから視線を下ろし、自分の右掌を注視する。既に指先まで血まみれだった。
すると突然、気が抜けてしまったように、リナは体勢を崩した。
「んっ!」
僕は咄嗟にリナの前に回り込み、その肩に手を添えて転倒を防ぐ。そのままゆっくりとリナを仰向けにして、医療班の到着を待った。
秀介はといえば、ずっと難しい顔をして僕とリナを眺めていた。手伝ってくれと言い出すのも気が引けたが、かといってリナを横たわらせるのは、それほど困難な作業ではなかった。
リナって、こんなに軽かったのか。きちんと食事は摂っていたはずなのに。
「悪い、兄貴」
ようやく秀介が口を開いた。
僕がゆっくりとリナから離れると、秀介はすぐそばにひざまずき、リナの右手を握った。自分の両手で包み込むように。愛おしむように。
五分後、付近で待機していた医療班の救護ヘリに乗せられ、僕たち三人は帰路についた。
※
僕と秀介、ドクターの三人は、ドクターの個人研究室で話し合っていた。
リナは原因不明の意識喪失ということで、精密検査を受けさせられる。だが、どこにも異常は見つからないとドクターは言う。
「おそらく、自分の力を使いすぎたんだろう。もしかしたら、身体の崩壊が加速されたかも……」
「おい、それどういう意味だよ!?」
秀介は怒鳴りながら立ち上がった。コーヒーが零れ、テーブルに広がるが、そんなことはお構いなしだ。
そんな彼に向かい、新調した眼鏡越しに冷淡な瞳で見つめながら、ドクターは語った。
「ただ、検査結果によれば、身体に異常がないのは確かなんだ。敢えて言えば、そう、『生きる』ということに対する希望や意味を見失い、それが彼女の意識を封じ込めているのかもしれない」
「そんな……」
先ほどとは対照的に、秀介はのろのろと腰を下ろした。
沈黙が、部屋中を満たす。
それを破ったのは、看護師のチーフだ。突然廊下から入ってきた彼は、半ば叫ぶようにしてこう言った。
「少女の、リナちゃんの意識が戻りました!!」
それを聞くが早いか、秀介は脱兎のごとく駆けだした。僕もゆっくりと腰を上げる。
「君も行くのかい、恵介くん?」
「ええ。秀介の奴が、なりふり構わずリナの前で騒がしくするのは、止めなくちゃなりませんから」
「そうか……。まあ、気をつけてやってくれ」
「分かりました」
リナのベッド周りは、意外にさっぱりしていた。人工呼吸器も心電図もなく、ただそこに眠っている、という外見。
秀介は、包帯でぐるぐる巻きにされたリナの右手を握り、涙を浮かべていた。
リナがゆっくりと、僕の方へと顔を向ける。
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