第60話

 僕は、倒れこんでいる秀介に駆け寄った。そして、叫んだ。


「僕の家族に手を出すなあああああああ!!」


 同時に拳銃を取り出し、怪物の小さな眼球へ向けて、四十五口径弾をありったけ撃ち込んだ。

 ギリギリと歯ぎしりのような音を立てて、怯む怪物。足を引きずるようにして後退する。

 しかし、それからすぐに大きくのけ反り、僕たちにのしかかりを仕掛けようとした。

 これでは三人ともやられる。――ならば刺し違えてでも。


 僕は秀介のそばに落ちていたグレネードランチャーを取り上げた。思ったより軽い。秀介が落としたと思しき榴弾砲を込め、肩に担いで、怪物の頭部、牙の並んだ口に向かって発射した。すると、流石に当たりどころが悪かったのか、初めて怪物に致命傷らしいダメージを与えた。口部が爆炎に包まれ、女性の悲鳴のような高い声が響き渡る。


「こっちだ化け物、僕はここにいるぞ!!」


 グレネードで牽制射撃をしながら、怪物ができるだけ兵士たちの射角に入るように、半円形に動いた。しかし、次の瞬間、


「うっ!!」


 怪物が思いもよらぬ機敏性を発揮した。身体をねじり、ちょうど僕の行き先にのしかかりを繰り出してきたのだ。慌てて立ち止まり後退する。しかし僕の身体能力では無理だ。かわしきれない。


 僕が死を覚悟したその時、


「ぐうっ!!」


 か弱い悲鳴が聞こえた。リナが、再び怪物に一時停止をかけている。思わずそちらに目を遣ると、


「!!」


 リナの右腕が、真っ赤に染まっていた。僅かながら、右の肩口や肘、指など、関節部から出血している。誰かの返り血などではない。リナの身体の崩壊が、再び起こっているのだ。しかし、リナはじっと目を閉じ、先ほど悲鳴を上げた以外は全く平然とした様子で、右腕を怪物の方へ突き出している。


「敵の弱点は頭部です! とにかく撃ちまくってください!!」


 僕が叫ぶと、すぐに反応があった。再び無数の弾丸が、怪物に殺到したのだ。

 短い雄叫びを上げて、怪物が痛みに耐える。だが、それも時間の問題だった。筋肉に覆われていない頭部から、赤黒い体液が滴る。必死に身をよじる怪物だが、弾雨から逃れられるほどの動きは取れない。

 やがて怪物は、がむしゃらに両手両足を動かしながらも、ドウッという音を立てて倒れ込んだ。ちょうど僕の眼前に、血塗れになった頭部が落ちてくる。微かに砂塵が降ってきたのは、その直後のことだ。

 僕は、幸いその場に転がっていたランチャーに最後の榴弾砲を込め、叫んだ。


「くたばれ!!」


 ランチャーの先端を怪物の口に突っ込み、発砲。

 軽い反動と、怪物の体内に食い込んだ榴弾砲の爆発。ついには怪物は、体内で爆発が起きるという異常事態によって致命傷を負った。雄叫びと呼ぶにはあまりにも弱々しい声を立てながら、両手両足をぐったりと振り下ろす。


「油断するな、相手は怪物だ。撃ち続けろ!」


 隊長の指示のもと、怪物の死骸に再び弾丸が集中した。

 だが、僕はその向こう、怪物を挟んで反対側の壁際にひざまずいたリナを見つめていた。


「リナ!!」


 ランチャーを放り出して、そちらへ向かう。


「大丈夫か!?」

「おいリナ、しっかりしろよ!!」

 

 見れば、意識を取り戻した秀介がリナの肩を揺すっていた。


「起きろ、リナ!!」


 そう言って秀介がリナの頬を叩こうとするのを、しかし僕は押しとどめた。


「何するんだ兄貴!!」

「それはこっちの台詞だ!!」


 お互い戦闘時の興奮が冷めていなかったので、ああだこうだと言い合いになる。正しいかどうかなど知ったことではない。

 それを止めたのは、儚い、しかし意志のこもったリナの言葉だった。


「怪物はやっつけたんだよね……。お母さんは?」


 僕らは顔を見合わせて、口をつぐむ。リナの言葉からは、『どうか今回はお母さんに会えますように』という願いが込められているように聞こえた。この洋館に来てから、高見の姿は確認されていないが。

 すると、まさにこれ以上ないタイミングで、冷たい声が響き渡った。


「もうその怪物は死んでいるわ。弾の無駄よ」


 この部屋の熱気に切り込むような、鋭利な響き。それはホール上部のバルコニー状の場所から聞こえてきた。

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