第58話

 翌日、午後八時三十分。

 例の赤黒い照明と、緑色の蛍光色の時計を見下ろしながら、僕はまたヘリに乗っていた。

 今回指定された場所は、リナと初めて出会ったあの洋館だった。これは僕の勝手な予想だが、リナの安置されていたホールに、何かが待ち構えているのではと思っている。


「各員、時刻合わせ!」


 隊長の指示に基づき、僕は腕時計を確認。それから、同乗している面々に目を向けた。

 皆、心なしかいつもより緊張している。装備はいつものサブマシンガンに、班長と副班長に渡されたグレネードランチャー。僕にはいつもの二十二口径ではなく、四十五口径の拳銃が手渡された。


 今回僕たちを待ち受けているのは、ゾンビではないかもしれない。生物兵器だとしか語られていないのだ。一体どんな化け物が出てくるのか、妄想を膨らませる度に気が滅入ってくる。僕は弾倉に弾丸をパチリパチリと入れ、拳銃の整備をすることで気を紛らわせた。

 ふと目を上げると、向かいにリナが座っているのが見えた。左腕を失い、なんとも痛々しい姿ではあるが、その目は爛々と輝いていた。そうまでして、母親に会いたいのか。


 リナには、これといった武装は支給されていない。超能力だけで十分だと判断されているようだ。それでも、こんな華奢な女の子を、拳銃一丁も持たせずに戦闘に加えるとは。僕も昨日の秀介と同じように、怒りに身を任せてしまいそうになる。怒りという名の溶岩が、僕のまともな思考を溶かしつくしていく。

 おっと、冷静にならなければ。兵士の間に挟まれ、余計にその肩の細さが目立ってしまうリナ。そんな彼女を見つめながら、僕は一度深呼吸をし、いつもより重い拳銃に初弾を装填した。


《こちら先遣、屋上にトラップの形跡なし。ヘリの着陸を許可する》

「了解。お前ら、絶対に、一時たりとも気を抜くな。何が待ち受けているか、さっぱり分からんのでな」


 隊長の言葉に、全員が唇を引き締めた。

 ヘリは無事着陸し、僕らは洋館を上階から、階段ルートで下りていく。地上突入班も動き出したはずだ。


《こちらA班、異常なし》

《B班、敵影を認めず》

《C班地下入り口へ到着、トラップなし》

「了解」


 ここから先、D班の指揮権は秀介に移る。

 

 僕たちは足早に階段を下りていく。地下への入り口へ到着した頃には、既に他の班が突入を開始していた。そこに五名ほどの兵士を残し、僕たちは冷え冷えとする地下ホールへと下りていく。

 僕が階段に足をかけた、その時だった。


《ようこそおいでくださいました、皆さん》


 どこかに設置されたスピーカーから、高見玲子の声がした。


《もう説明は受けられたわね? 私の、一番新しい友達を紹介するわ。友達といっても、私が造ってあげたのだけれど。もうすぐ餌の時間なのよ。美味しいお料理を食べさせてあげてね》


 直後、ズズン、と不吉な振動が床に走った。


「慌てるな。俺たちもホールまで行くぞ」


 秀介に促され、僕たちは再び階段を下り始める。だんだんと冷気が身体を包み込んでくる不快さは、以前と変わらない。そのまま階段を降り続け、最後尾の兵士がホールへと足を踏み入れた、その時だった。


 すさまじい轟音とともに、階段の向かい、正面の壁がゴロゴロと崩れ落ちた。そこに現れたのは――。


 巨人だった。身長は、少なくとも五メートルはある。体毛や性器はなく、灰色の筋肉質な身体をしている。逆三角形を描くように上半身が発達しており、その上に載った小さな頭部が何ともアンバランスな印象を与えた。

 そんな巨躯が、僅かな照明を浴びて闇から浮かび上がっている。これが、告げられていた生物兵器であることは疑いようがない。


「射撃開始! グレネードランチャーの使用も許可する!!」


 隊長の号令一下、あたりは銃撃音に包まれた。発砲音、薬莢の落下音、そして爆発音。あっという間に、怪物は煙に包まれた。


「やったか?」


 秀介が呟いた次の瞬間、煙が裂けた。直後、その軌道上にいた兵士の首が跳ね飛んだ。

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