第57話
その言葉に、僕ははっとした。ゾンビ対策専門機関としてのこの部隊の設立には、どうにもきな臭いものがあるという噂を耳にしたことがあったのだ。
防衛省のタカ派の派閥が、新兵器の共同開発を米軍から持ちかけられていたとしたら。そしてその兵器、すなわちゾンビの性能テストをするために、人間と戦わせてデータを取ろうと考えられたとしたら。
これは人災だ。
高見が単独で研究を行い、ゾンビを開発したとしても、それはそれで犯罪だとは言えるだろう。しかし、ここまで大規模な話になってくれば、やはり犯罪などという言葉では済まない。人災と言えるのではあるまいか。
「ふっざけんじゃねえぞ!!」
前方の席から怒声が上がった。
「落ち着け、諸橋二曹!!」
急に立ち上がった秀介を隊長が止めに入るが、秀介は既に携帯していた拳銃を取り出し、立体映像に向けて発砲していた。我を忘れた瞬は、拳銃のカバーがスライドして止まるまで引き金を引き続けた。
戦場で場慣れしている兵士たちは、すぐに机の下に身を潜めた。そして秀介の拳銃が弾切れになったと見るや、すぐに取り押さえにかかった。
《今の言動は看過できんな、諸橋二曹》
一時停止された高見の映像。そのわきに展開されたもう一つの映像から声がした。顔をモザイク状に隠し、音声を変えた幕僚幹部の声だ。しかし秀介は怯むことなく声を張り上げた。
「あんた、知ってたんだろう!? そして福田を殺した!! それだけじゃない、今まで戦ってきた俺の仲間たちを、ゾンビの性能を確かめるテストベッドにしたんだな!? 一体どれだけ人が死んだと思ってるんだ!? 俺たちは人間だ、ゾンビじゃない!!」
と一気にまくし立てた。
《まあ、人手不足でもあるからな。懲罰はこの際ないものとしよう》
相変わらず無機質な声で、幕僚幹部は答えた。
《ここから先は、君たちにとっても有益な話だ》
立体映像が立ち上がる。
《この五年間、米軍はずっと高見に支援をしてきたが、いい加減に痺れを切らしつつあるらしい。そこで、二つの案を提示してきた。一つは、小規模な街をゾンビの群れに襲わせ、具体的な被害報告をさせること。もう一つは、一つ目の案を取り下げる代わりに、高見玲子の研究成果を破壊することだ》
つまり、と言って言葉を区切る。
《高見の開発した『ある生物兵器』を君たちが倒すことができれば、これ以上ゾンビによる被害は出なくなる。米軍は高見の研究を切り捨てる、ということだな。高見の身柄はこちらで逮捕してもよいことになっているので、生け捕りにすること。作戦決行は明日の夜九時、ご丁寧に高見の居所まで明かされているので、各自、隊長の指示に従うこと。以上》
そう告げるや否や、幕僚幹部の立体映像は消えた。
僕たちは、とにかく呆然としていた。秀介の荒い息遣いだけが、会議室に響き渡る。
その時だった。
「私もついていく」
突然飛び込んできた凛とした声に、その場にいた全員が振り返った。そこには、
「リナ……」
リナが、スライドドアを開け放して立っていた。秘密会議だったのでドアはロックされていたはずだが、どうやら超能力で機械操作をして開錠したらしい。
「リナ、それはできな――」
「駄目だ!!」
僕の言葉をかき消すように、秀介が叫んだ。
「お前は能力を使うたびに、どんどん寿命が縮んでしまうんだぞ!? 昨日、ドクターから聞いたんだろう!?」
「うん」
リナは鋭い眼差しで瞬を見返した。
「でも私は、お母さんに会いたい。そして訊きたいの。『どうして私を造ったの?』って」
「で、でも」
「お母さんは、隊長さんが教えてくれる場所にいるんでしょう? 私も行かなきゃ。行って、確かめなきゃ。でないと私、死んでも死にきれないもの」
リナの覚悟は、それほどまでだったのか。僕たちは彼女を甘く見すぎていたらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます