第52話
「そうだね……」
リナはコトリ、とコーヒーカップを置き、人差し指を唇に当てて考えた。
「私は、お母さんにもう一度会いたい。会って、『どうして私を造ったの?』って訊きたい。すぐ死んじゃう命だとしても、自分が生まれてきた意味とか、せめてそのくらい知っておきたいもの」
僕は表情を変える余裕もなく、リナを見つめた。その横顔は、異様なほどに大人びて見えた。彼女の胸中に芽生えた諦念が、そうさせているのかもしれない。
「それだけでいいのか?」
「それだけしかできないよ、きっと。そう思っておいた方が、死んじゃう時に後悔が少なくて済むじゃない?」
リナはドクター並みに淡々とした口調でそう言い切った。
「本当はお兄ちゃんたちともっと一緒にいたいし、いろんなことをして、いろんな場所に行きたいけど……。なんてね」
不謹慎な話だが、僕はこの時リナが見せた儚い笑顔に、久々にドキリとさせられてしまった。
「なんて……」
「えっ?」
「ああ、いや」
心中で思ったことが、つい声に出そうになった。
なんてリナは強い子なんだろうと。
僕は椅子に座り直し、ドクターの方へと身体を向けた。ドクターは瞬き以外の動作をせずに、僕とリナを見守ってくれていたようだ。
「ドクター、研究室の専用エレベーター、使わせてもらってもいいですか?」
ドクターはきょとんとして、パチパチと二度瞬きを繰り返したが、すぐに僕の意図を察してくれたらしい。
「屋上に出るんだね? 構わないよ」
「ありがとうございます。リナ、少しここで待っててくれ。見せたいものがあるんだ」
「うん、分かった」
「すぐに戻るよ」
※
約十分後。
「うわあ、綺麗!」
リナは感動の声を挙げた。
「どうだ、すごいだろう?」
「とってもとってもすごいよ!」
僕たちは屋上に出ていた。先ほど晴れていたことを思い出した僕は、これを機会に、リナを天体観測に誘ったのだ。誰にも見られずに屋上に出るために、ドクターたち研究員が使うエレベーターを利用させてもらった。
「リナ、この筒を覗いてみるんだ」
そう言って指し示したのは、昔ながらの天体望遠鏡だった。今は月に照準を合わせてある。
「うわっ! これって、お月様?」
「そうだよ、リナ」
「ねえ、この丸い斑点がたくさんあるのはなあに?」
僕はリナの右肩を掴み、顔の高さを合わせながら、
「あれはね、クレーターっていうんだ。隕石がぶつかった跡だよ。月には空気がなくて摩擦が生じないから、地面に激突する隕石が多いんだ」
「まさつ?」
おっと、つい説明に難しい言葉を入れ込んでしまった。
「摩擦っていうのは、えっと、んーっと……」
そうこうしながら、僕たちはいろんな星を見て回った。ほとんどは地球と同じ、太陽の周りを回る惑星だ。夜空は、見事にリナの心を掴んでくれた。
「あの赤い星は?」
「あれは火星だ。今、人が住めるかどうかを確かめるために、十五、六基の人工衛星が地球から送り込まれてる」
「へえ~!」
リナは無邪気な笑顔で振り向きながら、
「私も住める?」
「ああ、もちろん!」
と僕は即答し、しまった、と思った。
火星のテラフォーミングは、まだ始まってすらいない。人が住めるような環境になるまでに、たとえ密閉コロニーの中で生活するだけにしても、あと十年から十五年はかかるはずだ。その頃、既にリナは……。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「……」
「けいすけお兄ちゃん? どうして泣いているの?」
「えっ?」
気づけば、僕は俯き、大粒の涙をぽろぽろと屋上に落としていた。
「なっ、何でもない」
瞬の真似をして、ぐいっと肘から先で涙を拭う。しかし、
「何でもなくないよ!」
リナはとっかかってきた。
「何か悲しいことがあったの? この前の戦いで、お友達が死んじゃったの? リナが頼りないからこんなことに――」
次の瞬間、
「っ」
僕はリナを抱きしめていた。
強く。もっと強く。
「違う……。違うんだよ、リナ。そんなことじゃないんだ」
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