第51話

 するとドクターは指を組み替えながら、


「リナちゃん、君の寿命はとても短いのかもしれない。私はそう思っていた」

「えっ……」


 情けない声を上げたのは、リナではなく僕だった。

 リナが早死にするって? そんな残酷な。

 そんな僕の胸中を無視して、ドクターは続ける。


「どんな死に方をするかは分からない。免疫力が急速に落ちて病に倒れるか、突然心肺停止に陥るか、身体の節々から大量出血するか。しかし、リナちゃんの死に方はこのようだな」


 そう言って、そばに置かれたリナの左腕を視線だけで示す。


「こんな症例は見たことがないが、身体がだんだんバラバラになっていってしまう、そんな死に方だろう」

「で、でも!!」


 僕は思わず立ち上がった。


「そんな、そんなことって……。何か対策は? 病状の進行を遅らせるくらいできるんでしょう!?」


 ドクターは指を解き、腕組みをした。


「今まで、ゾンビやゾンビになりかけた子供たちの遺伝子検査をしてきた。君もそうだな、恵介くん?」

「は、はい」

「その過程で気づいただろう? リナちゃんは普通の人間と異なるばかりか、人造人間の中でも特別なタイプであると」


 僕には、返す言葉がなかった。確かに、これほど脳幹が肥大している人造人間は、リナを置いて他にいない。


「私はね、恵介くん」


 言葉を紡ごうとするドクターを前に、僕は唾を飲み込んだ。


「リナちゃんは飽くまでプロトタイプなんだと思うのだよ。この前の地下鉄坑道での戦闘データを拝見した。やはり、超能力を発揮できる時点で、そして他に能力の発現した人造人間がいないことで、リナちゃんはワンオフの特殊な実験体だったと分かる」


 僕は机の下で、ぎゅっと拳を握りしめていた。ドクターの言葉はどんどん冷徹に、情け容赦のないものになっていく。リナをあたかも戦闘兵器のように、『特殊な実験体』などと言ってみせたのがいい例だ。


「ゾンビにされた人間の活動可能時間は約五年間と推定されているが、それを彼女に適用することはできない。それに、通常のゾンビに見られない能力を備えていることから考えるに、ゾンビより寿命は短いだろう」

「待ってくださいドクター!!」


 僕は再び、立ち上がった。


「リナになんてことを聞かせてるんです? そんな事実を目の当たりにさせるなんて、あまりにも残酷だと思わないんですか!?」

「だから確認を取った」


 ドクターは上目遣いに、怯むことなく僕の目を見返した。

 確かに、『ショッキングかもしれない』とドクターは断りを入れた。だが、その時点で『では私は聞きません』などと、リナが言えるだろうか? 自分の左腕がもげるという、異常事態に巻き込まれながら?


 ああ、そうか。やはり僕は、リナに肩入れしすぎていたのだ。

理論的に考えれば、話を聞く権利を生かすか殺すかは、リナに一任されている。すなわちリナの責任である。理論武装した人間、すなわちドクターからすれば、『そこでNOと言ってくれればよかったのに』と思ってしまうのは仕方のないことなのかもしれない。


「おっと、コーヒーができたようだ」


 ドクターの声に、僕は我に返った。ドクターは再び僕らに背を向け、カップに三人分のコーヒーを注いでいる。その間ずっと、僕は実験机の黒い表面の一点を、じっと見つめていた。


「はいよ」


 視界の上方から、カップが差し出される。


「リナちゃん、コーヒーは飲めるかい?」

「うん、大丈夫」

「そうか、ブラック派なのか」


 まだ若いのに、よく飲めるね。そう言ってドクターは再びテーブルの向こうに腰を下ろした。僕も座り込み、しかしコーヒーには手をつけずに、リナの方へと振り向いた。


「リナ、大丈夫か?」

「うん、苦いものは嫌いじゃない」

「そうじゃなくて、その……自分がどれだけ生きていられるか、ってことだよ」

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