第49話

 しかし、僕の意識はすぐに冷静な方へと切り替わった。


「リナ、怪我はないか? 秀介は? 他の部隊の皆は?」


 僕は思わずベッドの上で上半身を起こしたが、どこも痛みはしなかった。どうやら掠り傷程度で済んだらしい。そんな僕を見ながらリナは、俯いた。


「私は大丈夫。だけど、私を守ろうとしてしゅうすけお兄ちゃんが飛び出してきて、背中に岩が当たって……」


 徐々にリナの声が小さくなっていく。僕は咄嗟に、そばにいた看護師を捕まえた。


「秀介は? 諸橋秀介二曹は無事ですか!?」


 食いつかんばかりの僕の勢いに困惑しながらも、看護師は冷静に答えた。


「あっ、はい。命に別状はありません。ただ、今はまだ目を覚ましていないようです」


 それを聞いて僕は胸を撫で下ろした。しかし、もう一つ気になることがある。


「今回の犠牲者は何人出たんです?」


 するとその看護師は、立体映像のファイルをめくりながら


「死者十一名、重傷者八名です」


 つまり、三十二人体制で乗り込んで、うち半分以上の兵士が戦闘不能にされたわけか。

 僕は再びベッドに横たわり、長いため息をついた。

 ふと、左手が勝手に負傷者用パジャマの胸を叩いた。もちろんそこにポケットはなく、僕は仕方なしに、看護師に許可を求めた。


「すみません、一服してきたいのですが、もう出歩いても大丈夫ですか?」


         ※

 

 僕の私物は、戦闘服に着替える時のロッカールームに、入れた状態のままで入っていた。もぞもぞとシャツとジーパンを着こみ、左の胸ポケットに手を伸ばすと、あった。シガレットケースだ。

 外に出ると、既に真っ暗だった。腕時計に目を落とすと、確かに午後十時を回っている。どおりで暗いわけだ。昼間の豪雨はとっくに止んだようで、少し乾燥した風が心地良かった。

 僕はいつもどおり、百円ライターで煙草に火を点ける。ちょうどその時、入口のスライドドアが開いた。出てきたのは、リナだ。


「どうしたんだ? こんな遅くに」

「えっと……。えっとね、けいすけお兄ちゃん」


 リナは怯えた小動物のような目で、僕を見上げてきた。その緊張感が僕にも伝播してくる。真面目に聞いてやらねば。そう思い、僕はまだ半分も吸い終えていない煙草を共用の灰皿に押しつけた。


「どうしたんだい、リナ?」

「兵隊さんたち、大丈夫だった?」


 僕はぐっと息がつまった。半数以上の兵士が戦闘不能または殉職に陥ったと、誰が今のリナに伝えられようか。

 僕は無理やりに苦笑いを浮かべて、腰を折りながらリナと視線を合わせた。


「ああ、大丈夫だよ。リナのおかげだ」

「でもそれって、おかしいよね」


 リナは改めて僕と目の高さを合わせる。


「おかしいって、どういうこと?」

「だって兵隊さんたちは、武器を持って戦うんでしょう? そのための訓練だって、毎日しているんでしょう? それなのに、私は武器も持たずに、訓練もしないでゾンビになっちゃった人たちを殺していって……」


 リナの表情には、ゾンビに対する哀れみがあった。しかし、それはこの会話の主題ではない。


「私、普通の人間じゃないんだよね。それは分かってる。でもね、自分にこんな力があるなんて、それが信じられなくて、びっくりして、怖くて……」


 そうか。リナはそこまで思いつめながらも、僕たちを助けに来てくれたのか。


「でもそのおかげで皆が助かってるんだよ? いいことじゃ――」

「嘘!!」


 僕は思わず、上半身を引いた。否、リナの気迫に圧倒されて、のけ反った。


「だって私、造られた人間なんだよ? 普通の人にはない力が、勝手に備わってるんだよ? こんなの、やっぱりおかしいよ!!」


 ひとしきり叫んだ後、リナはこの基地を囲む森の中へ駈け込もうとした。


「おい、待つんだリナ!」


 すぐに僕はリナに追いつき、その左腕を掴んだ。

 と、思った瞬間。ふっ、と手ごたえがなくなった。急に軽くなったのだ。


「何だ? リナ、一体どうし――」


 そう言って僕は、自分の手が握っているものに視線を遣った。


 それは紛れもなく、リナの左腕だった。

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