第48話

 それから十分。たったの約十分間の出来事だった。リナはC、B、そしてA班と先遣部隊の展開する路線の中央をたたたっと走るようにして、トンネルの最奥部までたどり着いたのだ。

 そんなリナの背中を、僕と秀介を含めたD班の面々は唖然として見つめる他なかった。C班より先にいる部隊の動向は、トンネルが湾曲していて分からない。しかし、聞こえてきたのは銃声よりも、肉質な何かが捻りあげられ、握り潰され、やがては路面に叩きつけられる生々しい音だった。


「……これ、あの女の子が?」

「まさか、何の武器も持たずにか?」

「信じられない……」


 しかし、リナは飽くまで母親を追っているにすぎない。


「皆、息のあるゾンビがいるかもしれない! 油断するなよ!」


『了解!』の復唱がこだまする中、僕らはゾンビに止めを刺したり、使っている武器を確かめたり、脳細胞のサンプリングをしたりして、トンネルを進んでいった。

 

 やがて僕らはリナに追いつき、最奥部へ至った。しかしそこは、


「……ただの行き止まりじゃねえか」


 呆然とする秀介。しかしそれでも、


「お母さん? お母さん!」

「リナ、お母さんはここにはいないよ」


 高さ五メートルほどの空洞と、前面にそそり立つ壁、その絶壁に向かってリナは叫んでいた。


「お母さん、いるんでしょ? 出てきてよ!」


 リナは壁に駆け寄り、拳を振るった。しかし、壁の向こうからは何の音も聞こえてこない。


「ブラフだったな。嵌められたようです、博士」


 いつの間にかそばに来ていた隊長が、呟くように言った。その視線は僕と一緒で、リナの小さな背中に向けられている。

 

 今回、僕たちは罠にかかった。それも、作戦それ自体が失敗に終わることが決定済みの、完全なる情報改竄。福田を騙してまで、まんまと僕たちにこれだけの犠牲を出させるとは、高見玲子への認識を改めなくてはならない。


 ――待てよ? 

 もし高見が僕らを罠に嵌めるつもりなら、もっと確実な手段を取るのではないか?

 僕はゆっくりと、壁に閉ざされたトンネルの先を見回した。

 右に隊長。中央に閉ざされた壁とリナ。そして左側には、


「畜生!!」


 秀介がいた。その場にあったスコップを、思いっきり蹴とばす。その先にはトンネルの内壁があり、スコップが跳ね返って――ん?

 微かに、スコップに赤い光が反射したように見えた。


「おい秀介、そこ、何があるんだ?」

「高見の奴、無駄足踏ませやがって! え? 兄貴、何だって?」

「その掘削機械の陰、何があるんだ?」


 覗き込もうとする秀介。だが、それよりも早く反応したのは隊長だった。はっと息を飲む音がしたかと思うと、


「危険物発見!! 総員、速やかに退却!!」


 トンネル出口まで響き渡るような声が響いた。

 それと同時にだろう、秀介もまた危険物、おそらくは爆弾に気がつき、走り出した。トンネルの出口ではなく、リナの方へ。

 僕は隊長の腕に首を絞められ、引きずられるようにして出口へと引っ張られた。


「秀介!! リナ!!」


 そう叫んだ直後。

 耳を貫くような轟音と、巨大地震のような振動が、僕たちを襲った。いや、音や皮膚感覚などと分類できる規模ではない。とにかく強烈な衝撃だった。耳がキーン、と鳴って役立たずになり、倒れこんだ身体の側面が地面に叩きつけられる。僕は必死に自らを抱き、衝撃に身を任せた。


         ※


 電子音が聞こえる。後頭部から踵にまで触れる、柔らかな感触。消毒液の混ざった匂いがして、周囲で複数の人がざわめいている気配が感じられた。


「ん……」


 呼吸しようとすると、僅かな呻き声が出た。そうか。僕は生きているのか。ゆっくりと目を開けると、視界中央に、真ん丸に輝くリナの瞳が飛び込んできた。


「けいすけお兄ちゃん!」

「駄目よリナちゃん、お兄さんは怪我人なんだから」


 僕の顔を覗き込むリナが、女性看護師に注意されている。

 なんだか他人事のような会話に、思わず口元が緩んだ。

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