第47話

 しかし、今は頭上を押さえられている。こんな状態で、左から出てきたゾンビを迎撃するのは無理があった。

 そして案の定、直後に爆竹のような音が響き渡り、ショットガンが火を噴いた――僕らD班がいる場所とは、全く見当違いな方向へ。


 やられると思っていた僕らは、何事かと慌ててあたりを見回しつつ、とにかく左右の頭上にいるゾンビを銃撃し、撃滅した。身体を支えきれなくなったゾンビは落ちてきて、無様に線路に横たわり、溶けて蒸発していく。

 が、僕ははっと気づいた。ショットガンを持っていたゾンビの腕が、明らかに不自然な方向に曲がっていたことに。ショットガン発砲時、ゾンビは正確にこちらに狙いをつけていたし、その腕がこんなひん曲がった状態ではなかった。

 相手に触れずに無理やり力を込めて、その挙動を不可能にする能力。まさか。


「リナ……?」


 トンネルの入り口を振り返る。するとそこには、雨に打たれながら一張羅であるワンピースを着て、右手をかざしたリナの姿があった。

 秀介がリナの存在に気づいたのは、僕とほぼ同時だったらしい。


「リナ!! どうしてこんなところに……!」


 副班長が『警戒を怠るな』という手信号を出す中、秀介はリナの方へ、夢でも見ているかのように歩み寄った。トンネルの外から差し込むわずかな光が、リナの影を長く引き伸ばす。


「お兄ちゃんたちの後についていけば、お母さんに会えると思って」


 こっそり車に隠れて来ちゃった、と言って舌を出すリナ。


「だからって、こんな危ないところに!」

「危なかったのはお兄ちゃんたちだよ?」


 そう言われ、秀介はリナに向けて伸ばした手を止めた。


「敵は、リナがやっつけてあげる。だからしゅうすけお兄ちゃん、私を連れて行って。お母さんがいるかもしれないもの」


 不規則な銃声がトンネル前方から響いてくる。きっと先遣部隊も、そしてA、B、C班も、苦戦を強いられているに違いない。僕はゆっくりとあたりを見回し、安全を確認してから、屈んだ姿勢で秀介に後ろから歩み寄った。


「秀介、どうするつもりだ?」

「……」

「秀介?」


 僕は彼の横顔を見て、それからその視線の先にあるリナの双眸を見つめた。否、凝視した。

 

 なんて曇りのない瞳だろう。


 今までも、リナの純粋さに驚かされ、圧倒されてきたことはあった。しかし、今のリナの瞳に込められているのはそれだけではない。

 決意だ。

 危険を覚悟でも母親に会いたいという、強い意志の表れだ。


「そんなにお母さんに会いたいのか、リナ」


 リナは僕にその目を向け、こくり、と大きく頷いた。


「リナのお母さんは――リナを造った人は、僕たちが追っている悪い人なんだ。『ハンザイシャ』なんだ。それでもいいのか?」


 リナは唇を噛みしめながら、再び大きく頷いた。

 その時、僕ははっとした。そうか。リナは『両親の不在』という心の隙間を抱えている。それを埋めてくれるもの、つまり自分で『母親だ』と思える存在を掴み取るために、こうしてここに立っているのだ。

 彼女を守り切れる保証はない。だが、それでも。

 それでも彼女の意志を、そしてその意志に基づく言動を妨害する権利をも、僕たちは持っていない。


「……分かった」


 言葉を失っている秀介に代わり、僕は答えた。


「先に行った兵隊さんが、大変な目に遭っている。そこを乗り越えれば、お母さんがいるはずだ。兵隊さんたちを、助けてくれるか?」


 リナは三度、頷いた。


「秀介、僕には作戦に関する権限は何もない。決めてくれ。リナを行かせるかどうか」


 その間にも、銃声は絶え間なく響いてくる。時折、悲鳴も。


《A班、班長がやられた!》

《こちらB班、衛生兵を寄越してくれ!》

《C班、負傷者多数! 動けません!!》


 秀介は、今度こそリナの肩に手を載せ、


「戦ってくれるか?」

「うん」

「頼むぜ、リナ」


 そう言ってリナの頭をくしゃくしゃっと撫でた。

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