第46話
翌々日。
バケツを引っ繰り返したような雨が降っていた。常日頃、悪魔的熱量を投げかけていた日差しは、完全にその姿をくらませている。その代わり湿度はうなぎ登りで、不快度数もちょうど比例しているようだった。
今回の現場は、工事中に廃線になった地下鉄の路線だった。出動がかかったのが午前十一時だから、真昼間に突撃することになる。どうやら高見の造るゾンビにとっては、昼も夜も関係ないらしい。
装甲バンの後ろで揺られながら、隣の秀介に語りかけた。
「今回はヘリからの援護は望めないな」
「へっ、そんなもんに頼らなくても、諸橋家のリベンジはキッチリ果たしてやるぜ」
親父の仇を討ってやる――そう意気込む秀介。
作戦に私情を持ち込むのは危険だとは聞いていたが。秀介はこんな調子で大丈夫なんだろうか? まあ、士気が下がるよりはずっとマシなのだろう。そう思って、僕は自分を納得させた。
出発前のブリーフィングでは、この地下鉄の廃線は途中で工事が止まっており、出入り口は一ヶ所しかないということが説明された。これなら文字通り袋のネズミだ。
「今度こそ、高見玲子の身柄を押さえる!!」
隊長の言葉にも熱がこもっていた。
一度ガタン、と横揺れがして、装甲バンは地下鉄の元・工事現場へと繋がるトンネル前に到着した。
《こちら先遣、トンネル入り口にトラップの形跡なし!》
その無線に答える形で、隊長はキビキビと指示を出した。
「総員、降車!! 各班、人員確認!!」
僕は今回も、秀介と同じD班だった。こちらの部隊編成は、前回の廃墟の時よりも少なく、三十二名編成だった。確かに、一直線の敵地を制圧するのだから、ぞろぞろと並んでいくしかないわけで、仕方のないことではある。
《A班、先遣に続いて突入を開始》
その無線に応じて、B、C、D班それぞれの班長が『了解』と吹き込む。
自動小銃を構え直しながら進んでいく三つの班の様子を眺めていると、
「D班、突入する!!」
と秀介の声が響き渡った。僕はいつものように、腰元の拳銃に手を触れた。
思っていたとおり、トンネル内の湿度には閉口させられた。それでいて、喉はジリジリと乾いてくる。緊張のためだろう。いつものことだ。だが、ひたひたと雨漏りのする、ところどころ錆びついたトンネルを歩いていると、なんとも言えない陰鬱な気持ちになってくる。そのくらい、現実離れしたものを感じていたのだ。特に今日は。
『現実離れ』というのは、『生きている心地がしない』というニュアンスだ。一つ、映画やゲームと違うのは、実際に自分が死傷する可能性があるということだろう。
僕がそんな感慨に耽っているうちに、何度も無線通信が入った。それに対して秀介は、『了解』や『一旦待機する』という返答をしていた。
随分歩いたような気がしたが、ゾンビや怪物の類の姿は見られない。どうしたことか。
すると唐突に、しかし明瞭に、散発的な銃声が聞こえてきた。
《こちら先遣、会敵! 敵は火器で武装している! 繰り返す、敵は火器で武装している!!》
「そんな馬鹿な!」
秀介が叫んだ。
叫びたいのは僕も同じだ。だが、叫ぼうにも声が出てこない。ゾンビが銃火器で武装している、だと……!?
「奴らにそんな道具を扱う知性は……」
振り返った秀介には悪いが、僕は何も答えられないでいた。
ぞくり、と背後で警戒心の高まりが感じられる。
十数秒が経過したところだろうか。
「博士、ゾンビが道具を使うだなんて、あり得ねえだろ!?」
再び振り返った秀介に向かって、僕は努めて冷静に答える。
「そのはずだったが、そうとばかりも言っていられないようだな」
あまりに落ち着いているので、自分でも驚いたほどだ。思うに、恐怖で感覚が麻痺しているのだろう。
その時右側上方から、鉄のぶつかり合う音を立てながら何かが落ちてきた。火災発生時の排煙口の蓋だ。落ちてきた蓋を見下ろし、また視線を戻すと、
「総員、伏せろ!!」
秀介の腕が僕の頭をぐいっと押し込んだ。それとほぼ同時に、僕らの頭上を弾丸が通り過ぎていく。
なんとか敵の姿を視界に入れていたらしい秀介は、銃声に負けないように声を上げる。
「目標、三時方向! 殲滅しろ!」
D班の面々による、自動小銃の演奏が始まる。しかしゾンビは、倒れこみながらもずっと引き金を引き続けた。
僕らが頭上をガードしている間に、ガラン、と今度は左側からゾンビが現れた。散弾銃――ショットガンを握っている。こんな狭い空間で連射されてはたまったものではない。
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