第44話

「ねえ、けいすけお兄ちゃん、私、悪いことしたの?」

「ああ、そうだ」


 僕はぶっきら棒に答えた。


「お母さんと同じように?」

「ああ、そう――って、何だって?」


 すると、見る見るうちにリナの瞳から涙が零れた。そうしてしゃくり上げながら、リナはぽつりと呟いた。


「私もお母さんも、悪い人……」

「兄貴、何を言ったんだ!?」


 どさくさに紛れて蚊帳の外だった秀介が口を挟んできた。


「おいリナ、大丈夫か? 兄貴に酷いこと言われなかったか?」


 するとリナは唇を噛みしめ、両手を握りしめながら、


「みんな嫌い! お兄ちゃんたちなんて、大っ嫌い!!」

「どわ!?」


 まだ状況を飲み込めずにいる秀介の胸を突き飛ばすようにして、リナは駆けだした。


「リナ、どこへ行くんだ!! 待て!!」


 叫ぶ秀介。僕はリナの走り去った方に視線を飛ばした。だが、周囲はメリーゴーランドの周囲に集まった保護者やら野次馬やらで、リナの背中は全く見えなくなっていた。


「馬鹿兄貴!! リナに変なこと吹き込んだんだろう!?」


 いきなり秀介に胸倉を掴まれ、呼吸が止まりかける。だが、僕は怯まなかった。怯むわけにはいかなかった。


「そのリナのせいで死人が出たらどうするつもりだ!? お前に責任が取れるのか!?」

「リナのせいで、死人?」


 秀介の腕に込められた力が軽くなる。


「何を言ってるんだ、兄貴?」


 これ以上、秀介にまで隠し通すことはできまい。リナの超能力についてのことは。だがこの人混みの中で話すわけにはいかず、僕は秀介の両手を引き離しながらこう言った。


「リナを探すぞ。遠くへは行けないはずだ」

「おっ、おい兄貴まで!?」


 再び秀介を無視して、僕は人混みに割り込んでいった。


 日はだいぶ傾いてきていた。影が伸び、空が橙色に変わり、鳴いているセミの種類も昼間とは異なってきている。だが、当然ながらそんなことはどうでもいい。

 リナを。一刻も早くリナを見つけなければ。次はどんな無茶をやらかすか、分かったものではない。


「はあ、はあ、はあ、はあ……」


 遊園地内を駆けずり回り、さすがに息の切れた僕は、外周を走るフェンスに手を当て、腰を折って呼吸を整えようとした。

 その時だった。


「お嬢ちゃん、ここから先は関係者以外立ち入り禁止なんだよ」

「通して! 私はお母さんを探してるの! もう頼れるのはお母さんだけなんだもん!」


 リナの声だ。


「迷子かい? だったら入口の迷子センターに……」


 そんな警備員の声が聞こえてくる。そちらに目を遣ると――。

 いた。リナに間違いない。大柄で警官のような服装をした警備員に、何やら詰め寄っている。

 僕はリナに駆け寄り、声をかけようとした。その時だった。


「ぐっ!!」


 警備員の口から、苦しげな呻き声が漏れた。それから、僕は我が目を疑った。警備員の足が地面を離れ、身体が宙に浮いたのだ。


「かっ、かはっ……」


 警備員は自分の首のあたりに必死に手を遣り、何かと格闘しているように見える。まさか。

 相手は、リナだった。ただし、リナは指一本たりとも警備員に触れてはいない。念動力、サイコキネシスか。


「リナ!!」


 最大声量で呼びかける。


「止めろ、リナ!!」


 このままでは、警備員が窒息死するのは時間の問題かと思われた。

 今日だけで何回言ったか分からないが、とにかくリナを止めるべく、僕は呼びかけた。しかし、リナの耳には全く届いていない様子で、どんどん力を込めていくばかりだ。仕方ない。


「止めるんだ!!」


 僕はリナを横から抱きしめるようにして、彼女を押し倒した。リナは悲鳴を上げることもなく倒れ、同時に警備員は念動力から解放された。


「がはっ! はあっ! はあ、はあ……」


 警備員はその場に膝をつき、首のあたりを何度も自分の手で擦った。命に別条はないようだ。

 僕はゆっくりと立ち上がり、リナに手を差し伸べた。


「リナ……」

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