第42話

 中央のテーブルを乗り越え、僕を突き飛ばしながら秀介がリナに迫った。


「え? 私、なんともないよ?」


 きょとんと尋ね返すリナに、


「よかった……」


 肩を下ろす秀介。その時になってようやく、係員が声を上げた。


「誰か! 怪我人はいませんか!?」


 全てのマグカップがゆるゆると停止する。


「あれ? 何かあったのかな?」

「えっ、事故?」

「怪我人は! 誰か!」


 混乱し始めた回転マグカップの現場に視線を走らせながら、僕はリナの手を引いた。


「リナ、秀介、ついて来い!」

「お、おい、どうしたんだよ、兄貴!?」

「いいから! ここから離れるぞ!」


 半ば駆け足で、僕たちはその現場を後にした。


 どのくらい走っただろう。無意識にアトラクションの隙間を駆け回り、たどり着いたのは先ほどアイスクリームを買った露店の、せり出した屋根の下だった。日頃身体を鍛えている秀介は別として、僕とリナはすっかり息を切らしていた。気づけば、喉がひりひりと渇きを訴えている。


「説明してくれるんだろうな?」


 ずいっと迫ってくる秀介。しかし僕は、素っ気なくこう言った。


「悪いが、話せない」


 と。できるだけ呼吸を整えながら。


「おい、話せないってどういう――」

「リナ、あんな力の使い方をしちゃ駄目だ!」

「なあに? チカラ?」


 秀介に背中を向けながら語りかける僕の前で、リナは小首を傾げた。


「自覚がないのか」

「私、何かしたの?」


 ここで、僕は冷たい決断を下さねばならなかった。


「今日はもう帰ろう。暑い。熱中症になるぞ」

「何言ってるんだよ兄貴!」


 我慢を切らしたのか、ここぞとばかりに秀介が割り込んできた。


「せっかく三人の予定が合ったところなんだぜ? まだ到着してそんなに時間が経ったわけじゃねえじゃんか! リナをもっと遊ばせてやれよ!」

 

 この時、僕の考えは二つに分かれた。

 一つは、無理やり帰ること。

 もう一つは、リナに説教をした上で、もう少し遊ばせてやること。


 だがどうやって説教をすれば、リナに自分の力を使わせないようにできるだろうか? 僕は考えながらゆっくりと腰を折り、リナと視線を合わせた。


「いいかいリナ、初めてこんなに人がいるところに来て、遊びたい気持ちは分かる。でも、リナが自分勝手なことをしていると、怪我をする人が出るかもしれないんだ。さっきも係の人が言ってただろう?」


 曖昧に頷くリナ。


「だから、遊んでもいいけど、ちゃんと周りを見て、落ち着いて行動するんだ」

「おいおい兄貴! 何ぶつくさ言ってやがるんだ? 落ち着いて行動なんて、それじゃあ遊びに来た意味がねえじゃんか!」

「黙ってろ」


 僕は自分なりに、できるだけドスを効かせて言ってみた。秀介のリアクションを見ることなく、視線をリナに戻す。


「分かったな? 落ち着いて楽しむんだ」

「……うん」


 正直、不憫だとは思った。秀介の言う通り、やっと外の世界に触れることができたのだ。もっと自由にさせてやりたい。だが、そのためにリナの能力が露呈するのはまずい。危険すぎる。仕方がない、のか。

 目の前で自分のバースデーケーキを盗み食いされたような顔をしていたリナだったが、ふと顔を上げた。


「次、あれに乗る」


 と言って僕の後方を指さした。


「メリーゴーランドか……」


 瞼の上に手を遣り、日光を遮りながら僕は呟いた。

 議論の余地はもうなかった。リナを束縛したくはなかったし、説教もしておいたのだ。まあ、大丈夫だろう。


「よし、行ってきな」


 僕は少しだけ微笑んで、リナの頭を撫でた。リナは先ほどから一転、笑顔を取り戻し、勢いよくメリーゴーランドの方へと駆けていった。


「で、俺たちはどうする? あんなのに乗れる歳じゃないぜ」

「リナの監視だ」

「は?」


 間抜けな声を上げた秀介に、僕は振り返って


「何かリナやメリーゴーランドの機械に異常を見つけたら、すぐに知らせてくれ」

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