第39話
「そ、そうだな!」
秀介はようやくリナの顔から手を離した。
「よっし! リナも元気になったところで、早速遊園地に行くぞー!」
「おー!」
リナは秀介に合わせて、右手の拳を握って勢いよく掲げた。
「お兄ちゃんたちも早く!」
そう言いながら、多少危なっかしい足取りで改札口へと駆けていく。だが、秀介はすぐにリナを追いかけようとはしなかった。秀介は、僕と何らかの話をする意図がある。そう感じて、僕は自分から声をかけた。
「秀介」
「何だ」
「リナみたいな子は生まれてこなかった方が幸せだったかもしれない、なんて思ってないか?」
すると秀介は、僅かに唇を引き締めた。
「……冗談よしてくれよ、兄貴! だってあいつは俺の嫁……」
「そんな未来の話をしてるんじゃない」
僕はリナが転ばないかどうか見張りながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「だって気がかりじゃないか? 自分は人造人間、意図的に造られた存在だ。親もいなければ身寄りもない。その上自分を造った張本人は特Aクラスの犯罪者ときてる。気の毒だと思わない方がどうかしてるさ」
「兄貴、それ本気で言ってるのか」
僕は秀介の方に目を遣った。その顔には表情と呼べるものはなく、無感情すぎて石化してしまったかのようにも見える。駆けていくリナの背中を見つめたまま、秀介は冷たい声音で繰り返した。
「それ、本気で思ってることなのか」
こんなところで押し問答をしていてもしょうがないことは、秀介も重々承知のはずだ。僕が詭弁や冗談でこんなことを言いだしたのではないことは、誰よりもよく分かっている。
だが、それでも秀介は僕に問いかける。『本気なのか』と。
僕は内心の震えを抑え、肯定した。
「そうだ」
と。
次の瞬間、
「!?」
視界が上向きにぐるり、と一回転し、
「ぐあっ!!」
僕は背中からしたたかに床に叩きつけられた。秀介が僕の片足に自分の足を引っ掛け、重心操作をしたのだ。
「何するんだ!?」
立ち上がりきれずにいる僕の前襟を掴み、そのままずいずいと押していく。
「お、おい!!」
やがて僕は、文房具屋の壁に背中を押しつけられた。そして、怒鳴られた。
「リナが生まれてきたのは、気の毒なんかじゃねえっ!!」
改札前に、秀介の大音声が響き渡る。しかし今度はリナの場合と違い、明らかに怒気を孕んだものだった。感情が制御しきれず、爆発したと言ってもいい。
「だって……だってリナは、あんなに無邪気で明るくて笑顔を向けてくれて……。それが生まれてきて不幸だった、だと!? 人造人間だから幸福になれない、だと!? ふざけてんじゃねえよ!!」
秀介は俯いたまま、僕の肩を掴んで何度も揺すぶった。その度に、僕の背中に鈍痛が走る。
通行人の視線が、それこそ自動小銃の弾丸のように突き刺さる。しかし、誰も止めには入らなかったし、警備員が駆けつけてくることもなかった。秀介が僕を壁際に押しやった時、防犯カメラの守備範囲から外れたらしい。
そうやって僕が心の波を静めている間、秀介もまた、荒波を止めようと必死だったようだ。荒い息遣いをして、震える拳を止めるべく、余計に強く僕のシャツを握ってくる。
「リナは……リナは大事な人間なんだ。ゾンビでもクローンでもなんでもない、ただの普通の女の子なんだ」
そう呟いてから、秀介は目を上げた。
「頼む。そう言ってくれ、兄貴」
そしてその瞳から、水滴がぽつり、ぽつりと滴った。
僕は一旦、自分の両手を秀介の肩に載せてから、片手で彼の髪をくしゃくしゃっと撫でた。こんなことをしてやるのは、恐らく父が殉職した時以来だろう。
そうする一方、僕の脳裏では冷静な思考が歯車を回していた。
リナの出生が人造人間であることは、残念だが否定しようがない。だが、かといってまともな生活が送れないかというと、そういうわけでもないようだ。
『ようだ』というのは、現在のリナは未だ経過観察中の身である、という僕とドクターの見解による。
「お兄ちゃーん、早く来てー!」
「ほら、お呼びだぞ」
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