第38話

「一体どうしたんだリナ? お母さんって何のことだ?」


 リナを抑えるのに必死になっている秀介に代わり、僕が尋ねる。すると、リナはバタつきながらも答えた。


「だって、こんなにいっぱい人がいるんだもん! お母さんがいるかもしれない!」

「お、お母さん? 誰のことだよ?」

 

 秀介はなんとか問いかけたが、僕には思い当たる節があった。以前のドクターとの会話の中で、リナの記憶がどういう状態になっているか、話題に上がったことがあるのだ。


         ※


「両親のこと、ですか?」

「ああ。以前調べたとおり、リナちゃんは、ある程度の経験を積めば問題なく暮らせるだけの『脳』力がある。だからこそ気になるのさ。彼女の頭の中に常識が組み込まれているとすれば、必ず両親の不在に疑問を持つはずだ。それを口にしないところを見ると、両親と出会える『かもしれない』状況がくるのを待っている可能性がある」

 

 まあ、誰をもってして『両親』と見做すかは分からんがね。

 

         ※


 ――そう言っていた。

 カプセルから解放され、こうして人間社会に溶け込もうとしているリナ。そんな時、最初に探そうとするのが両親である、というのは、僕には筋の通った話に思われた。


「だーーーっ! リナ、噛まないでくれ! 痛いんだよ!」

「お母さん、お母さんは!?」


 相変わらず取っ組み合いを続ける秀介とリナ。このままでは僕らが誘拐犯だと間違われてしまうかもしれない。

 僕は二人の前方に回り込み、リナの頭に手を置いた。


「いいかいリナ、落ち着いて答えてくれ。お母さんは、どんな人なんだい?」

「お母さんはね、リナがカプセルに入ってた時に、カプセルの外で私を育ててくれた人」


 その一言に、僕は思わず唾を飲んだ。

 まさか、高見玲子のことを言っているのか? どうやらこの直感は、秀介にも伝わったらしい。


「おいリナ、そいつは、ああいや、お前のお母さんは、お前を人造人間として作り上げた犯罪者なんだ」

「馬鹿!」


 僕は秀介の頭をひっぱたいた。


「突然人の母親を犯罪者呼ばわりする奴があるか!」


 するとリナは、珍しく秀介ではなく僕のシャツの袖口を引いた。


「ねえけいすけお兄ちゃん、私のお母さんって、ハンザイシャなの? 悪い人なの?」

「そ、それは……」


 目線で秀介に助け船を求めたが、彼の方もだいぶ困惑している様子だ。


「普通の人は、お母さんのお腹から生まれてくるんだよね? 私は違う。ずっとカプセルの中にいたの。これって、私が『産まれた存在』なんじゃなくて、『造られた存在』だっていうことなのかな?」


 駅構内の大通り、多くの人が行き交う中で、僕ら三人の周りだけ時間が止まったような気がした。まさか、リナがそこまで自身についての考察を深めていたとは。


「私、何のために生まれてきたのかな……?」


 はっとした。その一言に、僕は思わずリナを抱きしめそうになった。

 リナがいてくれるお陰で幸福になっている人がたくさんいるんだと言いたかった。

 生まれてきた理由なんて、後から考えればいいことだと伝えたかった。

 正直、僕だって秀介と同じくらい、お前のことを想っているんだと叫びたくなった。


 だが僕は、いずれの行動も取れなくなっていた。必死に自分の存在意義を見出そうとするリナの前で、その健気さに心を打たれたために。

 気づいた時には、秀介はリナの噛みつきから解放されていた。リナの前に回り込んで、両の頬を軽く引っ張る。


「何のために生まれてきたかなんて、人ぞれぞれだ。リナにもきっと、いつか見つかるよ。『ああ、自分はこのために生きてきたんだな』、って思える何かが」


 秀介はサッパリと言い切った。


「そうなの?」

「そうとも!」

「じゃあ、リナが生まれてきたのはいいことなの?」

「も、もちろんさ!」


 とは言いつつ、僅かに秀介の頬が引きつるのを、僕は見逃さなかった。


「じゃあ、リナも頑張ってその『何か』を見つける!」

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