第8話
「どういう経緯があったかは不明だが、敵は我々を待ち伏せていた可能性が高い。にも関わらず、何故我々を全滅させなかったのかは定かではないが……。勤勉優秀な戦友を失ったことは、我々にとって大きな損失である。総員、今まで以上に気を引き締めて作戦に臨むこと。終わり」
隊長が降壇するのを見計らったかのように、会議室に照明が灯された。すると何かが吹っ切れたかのように、会議室にため息が充満した。それに混じって、女性兵士――きっと通信兵か物資係だろう――の嗚咽が聞こえてくる。昨日爆破されたヘリ。あの中に意中の人でもいたのだろうか。
僕もまた冷たいため息をついて、席を立った。
自室へ向かおうとした時、ふと思い立って、負傷者収容室へ向かうことにした。身を翻し、来た道を戻る。会議室の前を通過し、角を曲がってすぐの扉を開ければ、そこが収容室だ。しかし、すぐに病室に繋がっているわけではない。軽傷者・重傷者・その他の窓口が別々にあり、それぞれの扉に通じる短い廊下がある。
僕は、格子戸の前の受付に声をかけた。
「専属研究員の諸橋恵介です。昨日現場から救出した少女に面会したいのですが」
すると、額の禿げ上がった初老の受付係がこちらに視線を遣った。
「身分証は?」
僕は既に右手に握らせていた、部隊内でのカードを差し出す。それをひったくるようにして受け取った受付係は、カードをスキャナに通し、
「結構です」
と言ってぶっきら棒に僕の胸に押しつけた。
「ありがとうございます」
と告げて頭を上げた頃には、既に老人の目は新聞に戻されていた。何故夜に読む必要があるのか分からないのだが。そういう癖なのだろうか。
スキャナに処理されたカードを、『その他』の部屋の前の、もう一つのスキャナに通す。プシュッ、と軽く空気の抜ける音がして、白いドアがスライドし、個室へと繋がる。
そちらへ一歩、僕が踏み込んだその時、予想だにしなかった音声が耳に飛び込んできた。
「はいはい、今度はうさぎさんでちゅよ~」
僕は思わず、その場で足を止めた。
「……何やってんだ、秀介?」
すると、こちらに背を向けてパイプ椅子に腰掛けていた秀介は、ガタン、と盛大な音を立てて立ち上がった。
「う、わ、わっ!?」
パイプ椅子に足を引っかけ、転倒しそうになる秀介を、僕が割り込んで支える。
「なっ、何だよ兄貴!? びっくりするじゃねえか! ノックぐらいしろよ!!」
「ノックして聞こえるような作りに見えるか? あのスライドドア」
「……む」
このエリアの扉は全て防火・防弾仕様だ。音はそうそう響かない。
それよりも、僕は弟の滑稽な姿を前に呆然としていた。パステルカラーのシャツとズボン、それに右手には、手袋タイプのウサギの人形が嵌められている。
「全く、報告会議で見なかったと思ったら、こんなところで油を売ってたのか……」
「何だと!」
秀介は軽く、僕の胸板を突っぱねた。
「何の事情もないまま会議を欠席したりするかよ! 兄貴、これを見ろ……って、あれ? えっと、さっき確かにポケットに……」
慌てて胸ポケットから尻のポケットまでをまさぐる秀介。その時、軽く硬い音を立てて、一枚のカードが落ちてきた。するするとこちらに滑ってくる。
「あ、あった……っておい!」
秀介の手が届くより先にそれを拾い上げた僕は、
「なになに……? 『救護者担当二曹』?」
と読み上げたところで、秀介は僕の手からカードをかっぱらった。
「さっき直々に下令されたんだ! でなけりゃ会議を休んだりするか!」
秀介は堂々と胸を張る。開き直りか。
「俺はこの子の保護者だよ! 文句あるか?」
「何だって? 保護者?」
保護者ということは、この少女の世話をする、ということだろうか。
僕は無性に腹が立ってきた。秀介に、というより秀介を保護者に選んだお偉いさんにこそ文句をぶつけたい。だが、面倒くさいので黙っているしかないのだろうな、きっと。
「おお、博士もいらっしゃいましたか」
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