第7話
徐々に明度を増していく空を恨めしく思いながら、僕は屋上の端に設置した天体望遠鏡の方へと向かった。
せっかく準備したのに……。まあ、仕方ない、か。
廊下を自室へ歩いていくと、数人の兵士とすれ違った。
「諸橋博士! 毎日飽きませんね!」
え? あ、どうも。
「博士、朝までご苦労様です!」
いえいえ。
「今度自分も同行させてください!」
男同士で星なんか見ても、そんなにロマンチックじゃありませんよ。
などなど胸中で呟きながら、軽く笑みを見せる。対する向こうは、こちらが正式な兵士でないことを知っていて、敬礼ではなくピシッとしたお辞儀で声をかけてくれる。
その頃には、既に窓から陽光が差し込んでいた。僕はもう一度、大きなため息をついた。
部屋に戻って望遠鏡を置いてから、僕は共用のシャワールームへと向かった。昨日からの汗、それも大体が冷や汗だったが、それを流して一息。
そうか。もう朝になってしまったということは、昨日は徹夜だったわけだ。
サッパリした僕は、今度は食堂で早い朝食というか、遅い夕食にありついた。すぐさま部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。
「はあ……」
枕元に置かれたリモコンで、部屋の照明をオフにする。
昨日サンプリングしたゾンビの肉片の検査は、今日の夕方までに完了させて報告書に書けばいい。プレゼンは明日だ。それまで、少し休もう――。
※
翌日。
「……よし!」
資料を完成させ、僕は思いっきり伸びをした。
ゾンビのサンプル解析とそのまとめで、結局昨日からの睡眠時間は二、三時間ほどしかなかった。だが、それ以上に時間がない――というか分からない。
時間とは、高見玲子が次の事件を起こすまでのタイムリミットのことだ。それが焦燥感に繋がり、僕の背中を押していた。
メモリースティックを手に、大会議室へと向かう。廊下に人はほとんどいない。屋内警備にあたっている兵士数人とすれ違っただけだ。重要な会議の前は、いつもこうなる。
会議室に入る。ちょうど大学の講義室のように、半円形に設置された机や椅子が、段を成して並んでいる。人の入りは八割ほど、つまり、ここに駐屯する兵士のほぼ全員だ。
まだ暗い会議室の中を、さっと見回した。しかし、
――秀介が、いない?
会議室が暗いといっても、秀介は毎回最前列で報告を受けていた。すぐ目の前にいてもおかしくないはずなのだ。というか、視界に入らない方がおかしい。
どうしたのだろう。まさかとは思うが、昨日の疲れで寝込んでしまったのだろうか。
そうこうするうちに、定刻になった。僕は作戦時と同じように、襟元につけられたインカムを通して、音響機器の調整に入る。
「あー、マイクテスト」
すると、軽くざわついていた会議室が一瞬で静まり返った。一気に緊張感で張り裂けそうになる。インカムはまともに機能しているらしい。
「それでは、昨日の作戦における報告を行います」
そう宣言してから、僕は目の前にある机に、メモリースティックを差し込んだ。すると、ばっと大きな立体画像が表示され、会議室全体から息を飲む気配がした。何せ、そこに映されていたのは、ゾンビの全体像だったからだ。
歴戦の兵士たちといえども、そしてこれが拡大された画像だと分かっていても、こんな巨人のようなゾンビには、多大な警戒心を抱かざるを得ないだろう。
「以前のサンプルから、以下のようなことが判明してきました」
そう言って、僕はちょうど箇条書きにした資料を読み上げるように、今までの『復習』をした。
ゾンビは人間の肉を主食とすること。
筋肉組織は人間より強固であり、速さはないが倒すのに強力な火器が要ること。
ゾンビになってしまうのに、空気感染・接触感染・血液感染は認められず、ゾンビの製造が可能なのは、今のところ高見玲子のみであること。
などなど。
残念ながら、昨日のサンプリングでは新しい事実は明らかにならなかった。
その無念を語ったのは、僕に続いて壇上に立った隊長だった。対ゾンビ戦で死傷者はなかったものの、屋上でのヘリの爆発で六名が殉職した。
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