第6話
地上三、四メートルほどの高さから、無防備に落ちてくる少女。
僕は両腕を前に差し出し、彼女を受け止めようとした。しかし、
「うっ!」
彼女とともに流出した培養液が、滝のように僕のヘルメットに振りそそいだ。それでも腕を引っ込めるわけにはいかない。僕は顔を正面から逸らし、ひたすら腕を伸ばし続けた。
その時、なんとも柔らかな感覚が、僕の腕に収まった。
培養液のシャワーが止まり、ゆっくりと目を開く。すると、
「あ」
僕の腕の中に、少女は無事収まっていた。仰向けの状態で、お姫様抱っこの格好だ。
いや、ちょっと待て。右の掌に接触している柔らかい感覚は一体何だ?
恐る恐る視線を下ろす。僕の右腕が触れていたのは――。
少女の胸だった。
ちょうど抱きしめて引き寄せるような格好だった。
「……」
あまりの気まずさに僕は言葉を失い、その場でがっくりと膝をついた。
「博士、大丈夫か!? ……って、おい!!」
自分の顔から血の気が引いていくのが分かる。何をやっているんだ僕は。セクハラ? いや、もっと酷いな。直に触っちゃってるわけだし。
そんな僕を、秀介はぱちん、と引っぱたいた。
「何セクハラしてんだよ? 兄貴、そういう趣味だったのか? 年下は範囲外だと思ってたのに!」
僕は反論の余地もなく、必死で口をパクパクさせた。
そんな気まずすぎる沈黙を破ってくれたのは、
「諸橋二曹、担架の用意ができました!」
という秀介の部下の声。
「おい変態博士、その子、担架に乗せるぞ」
僕は相変わらず声を出せないまま、かろうじて少女を抱え上げ、担架に乗せた。周囲の兵士たちも皆気まずかったのだろう、少女が仰向けに寝かされると、すぐさま白いシーツがかけられた。
《地上班及び降下班、どうした? 何があった?》
インカムから聞こえてくる、隊長の声。
「あ、えーっと……」
《明瞭に答えろ、諸橋二曹。要救助者が出たのか?》
「は、はい、そんなところです」
インカムの向こうで、隊長が首を傾げるのが見えるようだった。
《今、本部に要請した救護ヘリが到着した。各班、正面入口前の庭に集合せよ。撤収用のヘリもじきに到着する。念のため警戒を怠るな。以上》
するとはっと我に帰ったかのように、その場の全員が銃器を抱え直し、階段へと向かった。ここには爆発物はなかったらしい。
ようやく一息ついて、僕は目を防護するバイザーを上げ、眼鏡を外して、額の汗を拭った。その時ちょうど、少女の顔が目に入り――ごくり、と唾を飲んだ。
里衣奈に似ている……?
ポカンとしたまま突っ立っていると、
「何ボンヤリしてんだ博士、色気にやれちまったのか?」
「ばっ、馬鹿言え!」
やっと声が出た。と同時に、今更ながら頬が紅潮してくるのが自覚された。
「さっさと戻るぞ。それから先はその時だ」
※
全く、散々な一日だった――。自室に戻った僕は、大きなため息をついた。
再びヘリのお世話になって帰ってきたところ。そこは、陸上自衛隊の外郭組織・対異生物駆逐戦術部隊の建物だった。外見は直方体の、何とも不愛想な建物だ。先ほどの洋館とは違い、装飾も芸術性も全てとっぱらわれている。ここが、僕や秀介の生活している空間だ。
内部は普通の自衛隊宿舎と変わりないが、一応僕は兵士ではなく『直属研究員』という肩書きなので、八畳ほどの一室があてがわれている。回収してきたゾンビのサンプルと救出した少女は、それぞれ冷凍保存室と負傷者収容室に運び込まれた。
と、そこまで頭を回してから、僕はパチンと掌を打ち合わせた。
「あ、忘れてた!」
突然招集がかかったものだから、この建物の屋上に配置した『あるもの』の片づけをしていなかったのだ。
エレベーターで屋上へ。扉を開き、外へ出ると、すでに東の空は白みがかっていた。
「遅かったか……」
これから天体観測をするのは無理か。
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