第5話

  と秀介が言いかけた、次の瞬間、


「うあ!?」

「ひっ!」


 秀介は驚き、僕は悲鳴を上げてしまった。このゾンビは、まだ活動を停止していなかったのだ。背中に載せられていた瞬の足を振り払うようにして、ゾンビが膝立ちになったその時、首を絞められた。


「ぐっ!」


 ただし、ゾンビにではない。秀介にだ。僕の防弾チョッキの後ろ襟を思いっきり引いて、ゾンビから遠ざけてくれたらしい。

 すると前衛にいた二人が、何百もの弾丸を以てゾンビを床に縫いつけた。これにはさすがに僕も耳を塞いでしまった。飛び散った肉片が、視覚防御バイザーに粘りつく――と思ったら、これもまたすぐにどろり、と溶け出し、床に落ちて蒸発した。


「ふう、危なかったな、博士殿」


 多少おどけた様子の秀介に、僕は


「油断禁物だぞ」


 と念押しした。全く、どっちが場数を踏んでいるのやら。いや、僕が臆病なだけかもしれないが。

 僕ら兄弟が息を切らし、他の兵士たちが残弾の確認をしていると、突然インカムに隊長の声が響いた。


《降下班、三階の制圧は完了したか?》


 秀介は襟元のマイクを引っ張り、


「掃討完了しました」


 と吹き込んだ。


《他の階も全て制圧した。だが、地下で奇妙なものを発見したらしい。向かってくれ》

「地下……?」


 少し訝しんだ秀介だったが、すぐに『了解』と告げて立ち上がった。


「全員、聞こえていたな。地下に向かうぞ」

「諸橋二曹、この建物に地下があるなどと、ブリーフィングでは報告されませんでしたが……」

「だからそれを確かめようってんだろ!」


 秀介は左手を腰に当てて軽く声を張った。


「誰も警戒を怠っていいとは言ってない。博士を中心に、突入時と同じ陣形で行くぞ。いいな!」


 再び『了解!』の復唱が重なった。


 途中、二階を制圧したC班と合流して、僕たちは一階まで降りた。そこには誘導係よろしく、曲がり角ごとにA、B班の兵士が立っていて、複雑な造りのこの洋館を迷いなく進めるようにしてくれていた。

 角を曲がること四、五回、ようやく地下への階段が視界に入った。この秘密研究所の、最奥部への入口といえばいいのだろうか。二十メートルほどの、一階分にしては長い階段を降りると、そこには奇妙な光景が広がっていた。


 ごくり、と唾を飲む。そこは半球体を描くような空間だった。大規模な音楽ホールと言ってもいい。滑らかな天井は微かな照明で照らされており、『美しい』という印象さえ与えた。

 だが、一番注意を引いたのは、ホールの中央に、あたかもホール全体を支えるかのように立たされた柱だった。それも、ただの柱ではない。円筒形で直径は三メートルほど、その中には液体が満たされており、そこには――。


「……人間?」


 ゾンビではない、自分たちと同じような色の肌をした少女が浮かんでいた。生まれたままの姿で、体操座りをするように身を縮め、その手先は自分を抱きしめるように反対の肩に載せられている。


「博士、ゾンビにされる前の被害者でしょうか?」


 そばにいた兵士に尋ねられたものの、なんと答えていいか分からない。警視庁のデータベースで、行方不明者の資料を漁らなければ。それよりも、次の事件を引き起こしたのは秀介だった。


「どうしてこんなところに人間が……」


 そう呟き、柱のそばに手を置いた、直後のことだった。

 ホール全体が、唸りを上げて微かに揺れる。


「何だ!?」

「地震か?」

「落ち着け、頭上に注意!」


 秀介が慌てて手を離すと、そこにはちょうど掌大の赤いボタンがあった。あの馬鹿、ゾンビがいなくなったからといって油断をして、何をやっているんだ!

 などと僕が叱責する間もなく、揺れは収まった。が、ほっとして目線を上げたその時、バリバリバリバリ! と、雷が走るかのように柱に亀裂が入った。


「皆、下がれ!」


 秀介が指示をした。が、僕はその場から動かなかった。

 この柱が割れたら、少女は落下してしまう――!

 

 彼女を守らなければ。僕は咄嗟に、少女の真正面へと飛び出した。

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