第3話
《着陸用意》
「着陸用意!!」
パイロットのインカムから聞こえてきた言葉を、隊長が繰り返す。
「諸橋二曹!」
「は、はッ!」
これは僕ではなく、弟の方。『二曹』とは兵士の階級だ。
「この小隊はお前に任せる。私は航空部隊の誘導任務の補佐にあたる」
「了解!」
すると隊長は再び、今度は秀介の方に向かって笑みを浮かべ、
「気張るなよ」
と言ってポンと肩を叩いた。
「全員降下! 諸橋博士、ステップに気をつけてください!」
ヘリの回転翼の轟音に負けないよう、隊長が声を張り上げる。僕は大きく頷いて見せてから、兵士たちに続いてヘリを降りた――まさに次の瞬間だった。
目を貫くような爆光、耳をつんざくような爆音とともに、僕たちに続いて着陸したヘリが木っ端微塵になった。
「博士!!」
秀介が僕を押し倒し、両腕を僕の頭に覆いかぶせる。
「くそっ、小細工しやがって!!」
《隊長、何事ですか!?》
地上部隊からの連絡。すると、無事だったらしい隊長は、落ち着いた調子で応答した。
「トラップだ。第二小隊のヘリが、ちょうど爆発物の上に着陸してしまったらしい。救護班を屋上に残し、諸橋二曹以下六名が屋上から突入する。本部に救護ヘリの出動を要請しろ」
《了解》
すると、今度は地鳴りがした。建物の屋上にいながら地鳴りというのも変な言い回しだが、実際にそれは地震のような振動が伴っていた。今度は僕のインカムにも、味方の通信が入ってくる。
《A班及びB班、突入開始。現在のところ敵影なし》
《C班、外壁を爆破、突入開始。二階に向かう》
「降下班了解、こちらも突入する」
答えるのは秀介。既に冷静さを取り戻している。
「諸橋博士を中心に、前衛に三人、後衛に二人。俺は前衛につく」
弟に『博士』と呼ばれるのも何だか気が引ける。だが、そんなことにはおかまいなしに、兵士たちは『了解』と復唱し、僕を取り囲むようにフォーメーションを築いた。
前衛の一人が、屋上の出入り口の扉に近づく。
「ブービートラップの形跡なし! 施錠なし!」
「よし!」
秀介が頷くのを見届け、先遣の兵士が扉を蹴破った。そのまま雪崩込むようなことはせず、すぐに自動小銃を構え直し、銃口の下に取りつけられたライトを点灯。直後、二人目の兵士がそばに駆け寄り、援護射撃体勢を取る。暗闇から丸く切り取られた空間に、蠢くものは――ない。
思いの外、広い階段だった。これなら、フォーメーションを崩さずに『敵』を迎え撃つことができる。ただし、移動中は音を立てないよう、抜き足差し足だ。
無音で、しかし迅速に階段を駆け下りる前衛の三人に、僕も腰に手を遣りながらついて行く。その掌が触れているのは、拳銃だ。自動小銃に比べればかなり貧弱な代物だが、気休めにはなる。お守りのようなものだ。
階段を一段ずつ下りていく。その度に、ひやり、ひやりと空気がだんだん冷え込んでいくような錯覚に襲われた。真夏日で、こんな重装備――防弾チョッキに関節部の防御アーマーを身にまとっているというのに。
出動前の作戦会議では、この洋館は三階建てだということだった。A、Bの二班が一階を、裏から突入したC班が二階を占拠し、秀介率いる僕たちの小隊が三階を制圧する。
そして、その『敵』というのは――。
パタパタパタパタ、と、軽くも鋭い音が連続した。銃声だ。階下から聞こえてくる。
《こちらA班、会敵! ゾンビ群と交戦中! 各班、警戒されたし!!》
『了解』と冷静に吹き込んでから、
「チッ、やっぱりいやがるな……」
と秀介は呟いた。
ぞくり、と冷気が僕の背筋を走る。秀介は、A班からの報告を聞いて『やっぱり』と言ったのではない。自分たちの近くにも『敵』、便宜上『ゾンビ』と呼んでいる者がいることを察したのだ。
「博士、頭を低く」
そう秀介が告げると、彼の両脇を固めていた二人の兵士がさっと曲がり角から銃口を突き出した。
「目標捕捉!」
「こちら降下班、三階にて会敵」
相変わらず、秀介は淡々と告げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます