世界一高い山
一人の冒険家の男が山の頂に立っていた。
そこはこの世で最も高い山だと言われ、誰一人その頂に立てた者はいない。
そんな山の頂に男は立っているのだ。
男は歓喜に震え、涙を流しながら絶叫していた。
「俺はここに居る!この山の頂に、俺は成し遂げたのだ!」
男の言葉が雲海に響き渡る。ここは俺だけの景色、俺だけの物。
その瞬間、足元がふらついた。あと少しで崖から落ちるところだ。
疲れが出たのだろう、男は腰を下ろして休憩を取ろうと思った。
まだ山を下らなくてはいけないのだから、しかしまだふらつきは収まらない。
地響きがしはじめ、地面が明らかに揺れている。地震がおきたのだ。
男は必死に山肌にしがみつく「こんなところで死んでたまるか」しかし男の足元は崩れ、遂に男は山から真っ逆さまに落ちてしまいました。
気が付くと男は仰向けに横たわっていた。上には折れた木々の枝が見えた。
「うぅ」呻きながらゆっくりと起き上がった。あちこち傷だらけだが骨は折れていない様だ。
何と幸運だろう、男は神に祈りを捧げた。
「なんだ、死んでいなかったのか、幸運なやつよ。」急にしわがれた大きな声がした。
びっくりして男は辺りを見回すがどこにも人影は無い。
あるのは巨大な岩山と木々だけだ。
「がはは!良い反応だわい。ほれこっちじゃ。お前の横におるじゃろが」
なんと喋ったのは岩山だった。
「どういうことだ、あなたは何者なんだ。」喋る岩山に男は問いかけた。
「ははは!わしはわしだ、それ以下でもそれ以上でもない。お前が登っていた山だとも言えるし、この大地そのものとも言える。ただ大昔には「ドラゴン」と呼ばれていたこともある。」
「なんだって!?そんな、ドラゴンは空想の生き物だろう。居るはずがない!」
男はあまりの出来事に頭がこんがらがった。喋る岩山が自分がドラゴンだと言うのだから。
「喋る岩山を前にしてそんな世迷言をぬかすか、どこまでも良い反応をするなお前は、気に入ったわい!」
自分をドラゴンだという岩山はゲラゲラと大笑いし出した。
岩山に亀裂が入る。よく見ると亀裂はどこまでも横に続いておりそこから声が響いてくる。
男の頭上に煙が上がる大きな穴二つ、そう男が居るのは竜の鼻先だった。
「ああ、ああなんと、では私が登っていたのは・・・。」
「そう、わしの頭よ。少々身じろぎをしたらばお前が落ちてきた。人間がわしに登ろうとは思いもよらなんだ。」
またドラゴンはがははと笑った。
「して、お前は何故わしの頭なんぞに登った?」ドラゴンが男に問いかけた。
「わ、私は冒険家・・・です!世界一高い山に登るのが私の夢でした。そこから世界を見渡してみたかったのです。」ドラゴンに問われ食われるのではないかと怯えつつ男は答えた。
「人間はいつの時代も奇特なこともする生き物よ。しかし空は美しい、その気持ちはわしにも分かる。かつてはわしも大空を舞い世界を見渡したものだ。」
ドラゴンは感慨深げに過去に思いをはせる。
「私も翼があればいいのにと良く思います。あなたの頭の上から見た景色は本当に素晴らしかった。世界一の景色です。」
男は熱を込めてそう言った。するとドラゴンは驚くことを男に告げた。
「お前は何か勘違いをしておるな。よく聞け人間、お前が登っていたのは俺の頭だ。正確には右の角の先辺りだったか、だが世界で一番高い場所はわしの背中じゃ。」
「なんだって!?そんなはずは無い!私はこの地を巡りましたがこの山が、あなたの頭が一番高かった。もっと高い場所があれば気が付くはずです!」
男はドラゴンに反論した。そんな場所があるはずがないと。
「頭があるのだ、背くらいあろう。きっと海の向こうなのだろう。首のところが冷たいと思うとったわい。」
「海?海とはなんです?」それは男が聞いたことのない言葉だった。
「なんじゃお前、海も知らぬのか。それでこの地を巡ったつもりでおったのか?海とはあれじゃな、どでかい水たまりだ。塩っ辛いな。」
ドラゴンの説明はよくわからないものだった。
「塩辛い水など聞いたことが無い。ああ、だがあなたが言うのだからあるのでしょう。」まだ見ぬ海に男は思いをはせる。そしてゆっくりと重い腰を上げた。
「では行かなくては、その海とやらに、そしてあなたの背に私は登らなくてはならない。」
男の言葉には固い決意がこもっていた。
「なんじゃなんじゃ、もう行ってしまうのか?わしの昔話でも聞かせてやろうと思うとったのにの。この世を巡り尽くしても知ることの叶わぬものばかりじゃぞ?」
ドラゴンは名残惜し気に男を見やった。
「あなたの話を聞きたいのはやまやまだが私は冒険家だ。世界一高い山に登るという夢もある冒険家とは自らその場所へ赴き、自らの目で確かめねば意味がありません。
それに年寄りの話が長いのは決まっています。あなたの話を全て聞く前に私は塵になってしまうでしょう。
だから逆に私があなたの背に登ってそこで見たこと聞いたことをあなたにお話しします。そのときならあなたの昔話もゆっくり聞けるでしょう。いかがです?」
ドラゴンは男の申し出を大いに喜んだ。
「お前の一生では背に辿り着けはしまいよ。海を越えられるかも分からぬだろう。まったく馬鹿な男よ。まぁ人にもドラゴンにも馬鹿はおる。わしはそういう者は嫌いではない。」
ドラゴンが話し終わると男の目の前に木が生えてきた。それはみるみる形を変え一本の「杖」となった。持ち手の中心には石ころがはまっていた。
「それを持って行け、わしの一部を埋めておいた。何かの助けにはなるかもしれん。それと万が一背に辿り着くことがあればそれで背を3度叩け、わしが祝いの言葉をくれてやろう!」がははとドラゴンは笑う。
男は地面から杖を引き抜くとそれをしっかり握りしめた。
「ありがとうドラゴン殿、必ずあなたの背を叩いてみせましょう。そしてここに戻って死ぬまで話をしましょう。」
「ふふ、期待せずに待っておるぞ。」
そう告げると男はしっかりとした足取りで歩いて行った。世界一高い山に・・・。
その後男は海を渡り、大陸に辿り着いたものの背に辿り着く事無く死んだという。
だが杖はその男の弟子に渡りその後も何人もの冒険家の手を渡ったそうだ。
遂に一人の冒険家が世界一高い山に辿り着いた。そこは「竜の背」と呼ばれるそれはそれは高く険しい山だった。
そんな場所に冒険家である男は立っていた。
「ああ、なんと素晴らしい景色だろう。」空の深い青がどこまで続いていた。そして大地が丸く見える。
「本当だったんだ。世界は丸いんだ。」男の頬に涙がつたう。その男の手には固く一本の杖が握りしめられていた。
そこで男は一つ昔話を思い出した。師匠から聞いた話、師匠のそのまたおじいさんが話してくれたそうだ。
この杖は竜がくれた杖で「竜の背」に辿り着いたものがその背を三度叩くと竜が舞い降りる、というものだった。
「竜など居るわけがない」そう思いつつも男はせっかく登ったのだから、と試してみることにした。
杖でその背を三度叩く。
・・・・・・。
何も起こることは無い。
当たり前だと思う反面少しがっかりもした。ため息をつきつつ男は山から見える海を眺めた。海は本当に美しい。
今度は海の向こうに行ってみようか、そんな考えが頭をよぎったときだった。
遠くから鐘の音の様なものが聞こえた気がした。
最初は気のせいかとも思ったが、違った。
それは海の向こうから聞こえてくる。
徐々にその音は大きくなり、空全体に、この大地に響き渡った。
その朗々たる鐘の音はいつまでいつまでも鳴り響いた。
男はまた師匠の話を思い出していた。
海の向こうには「竜の背」に次ぐ高い山がありそこを「竜の頭」と呼ぶそうだ。
その山には竜が住みこの杖はその竜からの贈り物だという、なぜ贈られたのか本当に竜が居るのかは分からない。
ただの伝説だと人はいう、しかしこの鐘の音は確かに男を祝福するものだった。
男は新たな冒険に挑むべく山を下り始めた。
竜に会うために。
老竜が語る昔話 @12-kokoro-24
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