壱「『土佐』誕生」~1924・5~

壱「『土佐』誕生」


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 軍艦土佐日記のうち、一番古い冊子のはじめに出てくる記録より。

 書いたのは初代艦長の柏原大佐(当時)と思われる。

 これがなければ、何年にも渡り続く日記は存在しなかったであろう。


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・大正十三年(1924年)五月○日

 英国ジュットランド沖での大海戦から、もうじき十年。

 本日、最新鋭の戦艦「土佐」の全力公試、ならびに射撃訓練が予定されている。

 もうだいぶ通り過ぎてしまったが、柱島にはドックの空きを待っている巡洋戦艦「比叡」が停泊している。この「土佐」がきちんと動けば、次はそれが改装のためにドック入りすることになっている。


 そう、今はさること十年前のあの日・・・・

 欧州に応援に出た戦艦三隻のうち、「榛名」は失われ(座礁の後、英国で記念艦とされた)、「金剛」と「比叡」は後部を中心に大損害を受けた。その後、壊れたついでに大改修を経て今だ健在。たしか、もう一隻「霧島」という同型艦があったのだが、欧州出兵の影響でカネが無くなったことと、改修するには逆にばらさないとならないということから、解体されてしまった。

 そして、あの海戦からは「水平防御は十分に」「遅い軍艦は使えない」という、二つの教訓を得た。

 その後、さらに出来かけだった「伊勢」級の二隻が建造中止となり、計画中だった「長門」級は、設計に変更が加えられた。既に現役だった「扶桑」「山城」は、最新鋭であるタテマエ上残されたが、将来どのように使おうかと、運用側は頭を抱えている。

 だが、ようやく「長門」やこの「土佐」(そして同型の「加賀」)が就役し、我が帝国艦隊もそれなりに陣容が整って来た。と、いいたいところだが、横須賀で並んで造られていた「赤城」と「天城」が、不運にも例の大地震の時にひっくり返って使えなくなってしまったのだ。まったく、不運としか言いようがない。

 本来ならば、戦艦だけであと六隻はあったかと思うと、寂しい限りだ。

 来年には巡洋戦艦の高千穂級が二隻就航するので、現実的にはそれほど困らない。

 まぁ、世界は今のところ平和だ。


 私はできたての「土佐」を、豊後水道を抜けて太平洋に進めた。今日の太平洋は、波風ともにやや強めだが、総じて悪い天気ではない。天気晴朗なれどやや波たかし。

 ここへ来るまでに、駆逐艦の先導で全力試験を行ったのだが、設計上は全力二十七・五ノットのところ、二八・七ノットとなかなか良好な結果が残せて満足している。就航準備のためしばらく海から離れていた私には、全力疾走する戦艦の艦橋で受ける潮風は非常に心地よいものであった。なにかにかこつけて、露天艦橋に昇ったかいがあるというものだ。

 さて、これより試験も兼ねた主砲の射撃訓練だ。

 随伴していた駆逐艦が、標的の「浮き」を引いて水平線のあたりを走っている。

 先ほど着弾観測用の水上機が標的の当たりに向けて射出された。

 「土佐」の主砲は三連装で三基、会わせて九門。当初計画の連装五基より一門減っているが、五十口径にして射程距離を伸ばしてある。

 いきなり斉射するのもヤボ(まず、当たらぬ)なので、交互射撃を行う。砲塔は既に目標に向けられ、互い違いに五本の砲身が鎌首をもたげている。三連装は変則的になってなにか妙な印象だ。

 発射準備修了のランプがつき、発射命令を出すと「ズドウン」という腹に響く音とともに、四十一サンチ砲弾が撃ちだされた。

 そして、時計とにらめっこしていた観測員が「チャクダーン」と叫ぶと、標的の右の方にばしゃばしゃと(音は聞こえないが)水柱があがった。

 見事にハズレ。

 新造艦の一発目など、こんなものであろう。

 いつまでもこれではいかんので、これより訓練に明け暮れる毎日が始まる。


 少々先が思いやられるが、兵隊を一人前に育てるのも、艦長の仕事だ。いざという時、一兵でも多数生きて返すよう、厳しく訓練する所存である。

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