後編

十兵衛は村田君の声を聞くと、すぐに彼の顔を見た。そして村田君が白目をむいてないことを確認すると、静かに泣き始めた。「良かった」と何度も呟きながら。


 村田君はそれを見ると、少し笑みを含みながら言った。


「まだ全部解決したわけじゃないだろ」


 十兵衛は確かに村田君の言葉を聞きとったはずだが、泣くことを止めなかった。十兵衛にとっては、まともな人が周りにいるということが何よりうれしかった。それを察した村田君は十兵衛が落ち着くのを待った。それから十兵衛が泣き止んだのを確認すると、喋りはじめた。


「さっきも言ったが、まだ終わったわけじゃない。俺たちの手で呪いを解かなきゃならないんだ」


「呪い?」


 十兵衛はニーナが言っていた言葉を思い出した。呪いなど十兵衛にとっては到底信じることのできない言葉であったが、状況が状況なだけに受け入れざるを得なかった。十兵衛は一呼吸入れると、村田君に話を続けるよう促した。


「今回の出来事はボロ家の呪いが引き起こしたんだ。そして、その原因は俺達にもあるんだ。今から言うことは決して俺の妄想なんかじゃない。俺のアゴが突き刺さった瞬間、ボロ家が語りかけてきたんだ。今は一度、俺の話を呑み込んでくれ」


 村田君の真剣な眼差しに後を押された十兵衛は、何も言わずに深く頷いた。


「どうやら、このボロ家、俺達のような子供の遊び場として使われるのが相当嫌だったらしい。住む人間もいなくなり、碌な手入れもされず、本来の家として、まともに扱ってもらえなくなったのが、たまらなく悔しかったんだとさ。


 こんなことなら、いっそ取り壊してほしい。そう思うようになったらしいんだ。でも、この通り道には滅多に人なんて来やしない。どうしようもなかったんだ。だから、よくここに来る、子供たちの俺らが利用されたってわけだ」


 十兵衛は頭の中で聞いた話を整理しながら尋ねた。


「大体の事は分かった。でも、それが本当だとして、俺達は何をすれば?大人を呼ぶのか?」


 村田君は「いや」と否定すると、ボロ家の方に目をやった。それに連れられ村田君も目をやる。


「あの中にハンマーがあるはずだ。それを取ってきてくれないか」


「ハンマー…?」


 村田君の突然の頼みに十兵衛は疑問を感じずにはいられなかったが、今は言われた事をやるしかないと考え、恐る恐る呪いの根源であるボロ家の中に入った。


 中は薄暗く、自らが直面している現状も相まって、余計に不気味に感じた。周りに細心の注意を払っていると、玄関を入ってから程無くしてハンマーを見つけた。本当にハンマーがボロ家の中にあったことで十兵衛は完全に村田君の言っていた事を信じた。


 ハンマーを握りしめると、急いで村田君の所へ戻った。村田君は感謝の言葉もそこそこに、更に十兵衛に頼み事をした。


「それじゃあ、そのハンマーで俺のアゴを砕いてくれ」


「え?」


 完全に信じていた十兵衛も、これには動揺を隠しきれなかった。彼はすぐに、友達のアゴを砕く事なんて出来ないと拒否したが、村田君は気にすることは無いと何度も頼んだ。


「砕いてくれ。頼む!俺は大丈夫だから!」


 村田君の圧に押された十兵衛は、遂に頼みを受け入れた。十兵衛は目を瞑り、一度大きく深呼吸すると、やがてハンマーを振り上げ、村田君のアゴめがけて振り下ろした。


 今まで聞いたことのないような酷く鈍い音が静かな通りの中で響いた。十兵衛は自分の手に、今まで感じたことのない、気色の悪い感覚を受け取ると、腰を抜かし、その場にへたり込んだ。


 村田君のアゴはハンマーによって見事にへし折られた。村田君はハンマーの衝撃で後ろに倒れこんだが、意識はしっかりしており、アゴは元に戻っていた。出血もなかった。


 伸びてしまった村田君のアゴの残骸は未だに突き刺さったまんまだった。十兵衛はそれをじっと見つめていた。村田君も同じだった。そして次の瞬間、アゴに変化が起こり始めた。


 アゴがグネグネと動き出し、伸び始めたのだ。あっという間に伸びていき、その長さはボロ家も超えてしまうほどだった。十兵衛は目を丸くし、村田君の元へ駆け寄った。


「これは一体…」


「まだだ」


 村田君に言葉を遮られ、再びアゴの方を見ると、アゴは枝分かれし始めた。何本にも枝分かれをし、もはや完全な大木となっていた。しかし、これで終わりでは無かった。


 やがてアゴは満開の桜を咲かし始めた。


 それは見事な桜で、圧巻であった。村田君は何も言わずに笑っていた。十兵衛は、あんぐりと口を開け、これまた何も言わなかった。しばらく桜に見惚れた後、村田君は静かに話し始めた。


「これだけ立派な桜があれば、きっとここは豊かになる…。そうすれば人もきっと…。これがボロ家の狙いだったみたいだ」


 村田君はちらりとボロ家の方を見た。彼がそこへ歩み寄ろうとした瞬間だった。


「ありがとう」


 微かにだが、彼はその言葉を聞きとった。少し辺りを見回し、それがボロ家の言葉であると確信した。彼は一つ溜め息を吐くと、十兵衛にむかって言った。


「さ、大人を呼びに行こう。ニーナ達も助けてやらないとね」


 しかし十兵衛は返事をしなかった。村田君は不思議そうに彼の方を向くと、彼は目に涙を溜めながら、口を大きく開いていた。


「アゴが…はず…れ…た…」


 村田君は思わず吹き出した。そして十兵衛にむかって言うのだった。


「ハンマーで砕くか?」
















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アゴ突き刺さった 紺ユキ @kaeda8765

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ