アゴ突き刺さった

紺ユキ

前編

それは突然の出来事だった。


 小学六年生の村田君はクラスの人気者だった。勉強は出来た。運動も出来た。顔は良かった。性格も良かった。笑顔を絶やさなかった。誰であろうと平等に接した。友達は多かった。いつも周りを笑わせていた。でも時に真面目だった。運動会の応援団長だった。児童会の会長だった。先生から信頼されてた。非の打ち所が無かった。完璧だった。将来が期待されてた。


 しかし不幸は、ある日突然やってきた。


 村田君は、その日も、いつもと変わらぬ日常を友達と送っていた。学校が終わり、友達と下校してる時のことだった。村田君と、その友達のニコラス、ニーナ、十兵衛の四人は、石を蹴りながら他愛もない話をして盛り上がっていた。


 いつものように村田君がボケた時、ニコラスの鋭いツッコミが入った。


「いい加減株売れよ!!」


 そう言いながらニコラスは村田君の頭を叩いた。その瞬間のことだった。


 村田君のアゴが突き刺さった。


 村田君のアゴは、頭を叩かれると同時に、もの凄い勢いで垂直に伸び、硬いアスファルトの地面に、しっかりと突き刺さった。その衝撃のせいなのか、村田君自身は白目をむき、口をぽっかりと開け、完全に固まっていた。その姿からは、普段の彼の生き生きとした様子は微塵も感じられなかった。


 彼の友達もまた、突然の出来事に呆気にとられていた。口を半開きにし、瞳孔をカッと見開き、何も言えずにいた。人のアゴが突き刺さるなんて出来事は、まだ小学生の三人にとっては初めての出来事であったため、当然のことだった。


 周りは建設されてから、かなりの年月が経っていると思わせる程の古い住宅やら、ぼろいアパートが、ぽつぽつと存在しており、人通りは無かった。出来事の目撃者はこの三人以外にいなかった。


 長い沈黙の後のことだった。小刻みに体を震わせながらニコラスが口を開いた。


「ワッ…ワイのせいや…。ワイのせいやっっ!!」


 大きな叫び声をあげると同時に、ニコラスは目に溜めていた涙を流し始めた。ニーナと十兵衛は彼の声にハッとさせられるとニコラスの方に視線を向けた。彼の涙はとどまることを知らず、ひたすらに声を上げて泣いていた。


「あ、あなたのせいじゃないわよ…」


 動揺しながらもニーナは励ましの言葉を送った。十兵衛も彼女に続いてニコラスに声をかけたが、彼が落ち着く様子は全く無かった。それどころか二人の言葉はかえってニコラスにとっては刺激となった。


「ワイのせいやろーーがっっ!ワイが…ジェイクの頭を叩いたから……アゴが…ジェイクのアゴがっ…!」


 そう言うとニコラスは一層泣きだした。それに連れられ二人もついに泣き出してしまった。この悲劇に小学生が耐えられるはずもなかった。静かな住宅街に小学生の泣き声が響いた。しかし依然として人通りは無かった。家から人が出てくることも無かった。理由は単純だった。誰も住んでいないからだ。既に捨てられたボロ家は、小学生にとっては絶好の遊び場だった。無論この四人もボロ家で遊ぶつもりだった。今回は、それが仇となってしまった。


 彼らが泣き疲れるのにかかった時間は相当なものだった。日は傾き始めていた。村田君は依然として固まったままだった。三人は村田君を囲むようにして地面に座り込み、じっとうつむいていた。言葉を発する者は誰もいなかった。やがてニコラスが立ち上がった。


「ワイは、終わりや…」


 泣きすぎてガラガラになった声でそう言ったのをニーナも十兵衛も聞き逃さなかった。


「何するつもりなの!?」


 ニーナは勢いよく立ち上がり、ニコラスの元へ駆け寄ろうとしたが、彼女を制するようにニコラスは言い放った。


「ワイは、しまいやあああああ!!!!」


 そのままニコラスは凄いスピードで駆け出した。


「あっ、危ない!」


 十兵衛が言った時にはもう遅かった。ニコラスの目の前には電柱があった。勢いよく駆け出したニコラスは電柱を避けることが出来なかった。


 そのままニコラスは電柱にめり込んだ。


 彼は完全に身動きが取れなくなった。


「いっ…いやああああああああ!!!!!」


 たまらずニーナが叫んだ。


「落ち着けニーナ!」


「無理に決まってるでしょ!!」


 ニーナの精神は完全に壊れ、十兵衛の言葉は全く無意味だった。ニーナは頭をかきむしり、ドバドバ汗を流し始めた。彼女は十兵衛の服にしがみつき、下から見上げるように言った。


「呪い…呪いだわ…!ボロ家の呪いよ!私たちが、いつも、ここで遊ぶから…ボロ家が怒ったのよ!!皆…皆お終いよ…!!」


 そんな訳が無いという十兵衛の言葉は彼女には全く届かなかった。ニーナはフラフラと立ち上がり、不安な足取りで辺りをうろつき始めた。


 やがて彼女は落ちていた汚い赤レンガを拾うと、それを喰らい始めた。何回も歯を当てて、必死にレンガを食べようとした。


「スイ…スイカあじぃぃ~。ビミィィ~」


 一心不乱にレンガを喰らうニーナを、もはや十兵衛は見ていることしか出来なかった。絶望しきった体を何とか立ち上がらせると、十兵衛は村田君の前に立った。


「ジェイク…俺は一体どうしたら…」


 たまらず十兵衛が泣き始めた、その時だった。


「落ち着け」


 村田君が喋りだした。

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