エピローグ

 エアメールを読み終えたハルナは一息ついた。するとドアから金髪で小柄な女性が顔を出す。


「誰から? 」

「昔好きだった女の人から」


 その女性は明らかにむくれた。ハルナは立ち上がり彼女の頬に手を触れて軽くキスする。


「今はあなたが一番よ」


 あの合コンパーティーの時のササヤンとクボのやり取りは見ていた。私は身を引くしかなかった。しばらくトイレにこもり一人で泣いた。



 オランダは世界で最初に同性婚を認めた国だ。日本と違い同性婚が社会的に認知され、婚姻関係の法的権利も認められている。彼女の名はセシリア。オランダ航空のCAとして働いている。まだプロポーズはしていない。


 私は上京する前に両親にカミングアウトした。母親はそれとなく気づいていたらしいが父親は拒絶した。ショックで寝込んでしまい、ある日怪しい新興宗教のお札を買ってきて、祭壇を作り毎日祈るようになってしまった。私に悪霊が憑いているらしい。


 高校卒業翌日に私は家を出た。あれ以来実家には帰っていない。母親だけが福井駅にまで見送りに来てくれて、別れる直前に茶封筒に入った現金を渡してくれた。


「お金に困ったらお母さんに必ず言いなさい。お父さんのことは私に任せて、あなたは自由に生きなさい」


 母親が言ってくれた。すごく感謝している。


 上京して五反田にある家賃の安いボロアパートを借りた。そこから銀座の喫茶店でウェイトレスと、新橋のガールズバーでバイトしながら色々なオーディションを受けていた。しかし芸能界は甘くない。アクターズスクールのレッスン代は安くはない。ドラマの端役やテレビのナレーションの小さな仕事でも収入を得て、なんとか日々を生きていた。


 毎年たくさんの若者が夢を持って上京し、チャンスを掴めないまま歳をとり挫折していく。将来に不安を感じていた頃、喫茶店でバイトしていた時にセシリアに会った。彼女は学生時代に日本の大学に留学していたので日本語が喋れる。雰囲気がササヤンに少し似ていた。セシリアにリードしてもらい初体験を済ませた。


 彼女は十四歳の時に周囲にカミングアウトしたらしい。


「そうなんだ」


 実にあっけなく、なんでも無いことのように全員が受け入れてくれたらしく、日本文化とは違うそんな御伽噺のような習慣のオランダに私は強く憧れた。


「うちの実家に来ない? 」


 行き詰まっていた私は、誘われるがまま彼女の実家に遊びに来ていた。オランダはLGBTが生きやすい国だと言われている。自分の目でどうしても確かめたかった。


 衝撃だった。国全体が同性同士の恋愛、結婚が当然の権利として扱われている。セシリアの知り合いのレズビアンの老夫婦の家にお邪魔させてもらった。家の外にも中にも植物が溢れる小さな白い家に二人は住んでいた。お二人は仲良く料理をして、ローストビーフを作り私達をもてなしてくれた。


「あなた達はいつ結婚するの? 」


 食事中そんな会話が当たり前に飛び交う。最後の見送りの時も二人は仲良く手を繋いで幸せそうにしていた。嬉しさと驚きで二重のショックを受けた。幸せになっていいんだ......


 現在ではヨーロッパを中心に世界的にも認められ、日本でも同性同士のパートナーシップを認める自治体も出てきた。先進国だからとか、世界的な流れだとか、政治的主張は私には無い。ただ私のように思春期に思い悩み、家族も一緒に苦しんでしまう家庭が一つでも減ってくれればいいと思っている。


「お茶にしましょう。クッキーを焼いたわ」

「うん。ありがとう」


 お互いの腰に手を回しながら寄り添ってリビングに向かう。白い円形のテーブルの上には、ピーターラビットの絵が描かれたお皿にチョコチップクッキーが並べられ、傍のブルーのティーカップからは紅茶の湯気が立ち昇っている。その匂いはかつてササヤンの家で嗅いだ時と同じ、マリアージュフレール社のマルコ・ポーロの香りだった。


 窓から降り注ぐ暖かい陽だまりの中で、ハルナとセシリアは幸せそうに笑っていた。



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ローリングパーティー(不器用な告白) ヨシクボ @88883310

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