第5話 彼女とヤハギ③
外の吹雪が窓ガラスを叩いている。窓一面がシトシト銀世界に染まっていく。テーブルには二つのブレンドコーヒーが並べられ湯気を立てているが、二人とも口をつけようとはしなかった。
目線をお互いに外して気まずい時間が流れていた。店の喧騒がやけに大きく聞こえる。懐かしい筈なのに、会いたかった筈なのに、話したいことはたくさんある筈なのに。実際会ってみると心の準備ができていないせいか、第一声がなかなか思いつかない。この場にふさわしい言葉はなんだろうか?
「だいぶ痩せた? 」
ヤハギが沈黙を破った。
「うん......」
また沈黙が流れる。ヤハギが緩くなったコーヒーを一息に飲み干して、意を決して彼女を見据えた。頭をさげる。
「あれからだいぶ時間が過ぎちゃったけど、あの時は、ごめん。俺が未熟だったばっかりに君には辛い思いをさせてしまったね」
「もういいわよ。終わった事だし。あなたも大変だったでしょ? お父さんに見せてもらったわ、あの誓約書」
「君の味わった苦痛に比べれば大した事じゃないよ」
「私と会うのはまずいんじゃないの? 気は済んだでしょ? もう帰ったら? 私仕事があるのよ」
会えて嬉しい筈なのに、こんなことは言いたくない筈なのに、彼を突き放してしまう。もし父親にこのことがバレたら、彼は今度こそ無事では済まない。
あの時の修羅場が蘇る。父親の豹変ぶりは凄まじかった。父親の拳はヤハギの歯に食い込み負傷したが、拳から血が周りに飛び散っても一向に殴るのをやめなかった。血走った鬼のような目が今でも焼きついている。それに彼が実家から勘当されてしまう。彼の身を案じていた。
「君は変わらないね。相変わらず優しいよ。だから俺は君のことが......」
「やめてよ! 」
彼女は店を飛び出した。傘もささずに走る。ヤハギが慌てて追いかけた。雪に足を取られて滑りそうになる。ヤハギが彼女を捕まえる。
「ずっと考えてたんだ。俺が呑気に大学に通って今では東京で生活しているのに、君はそんな顔で毎日を過ごすなんて絶対におかしい。責任を取りたい。やり直したいんだ。もう一度君と」
彼女の顔は雪と涙で化粧が落ちてグチャグチャだった。
「無理よ。だって私たちは......」
「もう一度やり直そう。ずべて最初から。君と一緒になれるなら俺は実家を捨ててもいい」
彼女を強く抱きしめる。
「だからもう一度プロポーズするよ。僕と結婚してください。今度は絶対に逃げないから」
二人はヤハギが宿泊中のビジネスホテルに入った。その日彼女は仕事を初めて休んだ。
一ヶ月後、彼女は工場の仕事を辞めて両親の反対を押し切り上京した。二人の同棲生活が始まった。東京の生活は快適で彼女も気に入ったらしく、そのせいか徐々に太っていき、彼女本来の姿に戻った。
彼女曰く、幸せ太りらしい。
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