不快が無ければ快も無い。
創作が機械の仕事となり、創作物から不快さが脱臭された世界において、何かを刻んで遺すのはとても難しい。
もしも本気で何かを遺そうとすれば、きっと不快なものになってしまうから。
けれど、それが「何かを生み出す」ということ。
人工知能の莫大な計算資源によらず、人の意志によって生み出されたものは自己中心的で切実なのだ。
本作は『ハーモニー』のように誰もが天寿を全うし、思いやられる世界の話。
限られた寿命の中で何かを遺そうとする少女と、彼女に見出された主人公の物語だ。
白く透明感のある文章が淡々と、「表現」の持つ力とその無力さを語る。
芸術が人工知能の領分になって久しい世界、あらゆる人の感性に合わせ、街や作品がデザインされてしまう。
少女が夢見る画家という職業の居場所は無い。
この世界では何も遺せないのかもしれない。
けれど死期近づく最中において、彼女はようやく反撃の手段を見出す。
そして、自らの命を用いたその手段を主人公に託す。
何かを託し遺すこと、その媒介となる言葉の力を実感しました。
ふつふつと湧き上がる憤りに満たされた『ハーモニー』とは異なり、切なさと希望を感じさせるラストも好きです。