Last Interlude

和枝かずえくん


 こんにちは、私はやっと一人暮らしの実感が出ていた頃です。九州から東北へとなると、気候も街のムードも全然違っていて新鮮ですが、いずれこの場所も「地元」と思えるようになるのかなと思います。


 まだ数回しか行っていないですが、大学の空気は心地いいです。学業にも課外活動にも真摯に取り組む、そんな人たちが大勢いる……というのは言い過ぎかもしれないですが、印象としては確かです。誰も私のことを知らない、そのことに不安がないといえば嘘ですが、やはり楽しみが勝ります。


 何もかも塞ぎ込んで、学校に行けなくなったあの頃から、三年。

 和くんのおかげで、新しい私になれました。前よりもっと、強くて優しい私になれた気でいます。きっと君も、部活の皆さんと出会って、別れて、少しずつ変わってきたのでしょう。少なくとも私は、君の変化を紛れもない成長だと思っています。


 私も、君も。形は違えど、本来望んでいた自分にはなれない、そんな高校時代でした。望みに届かなかった痛みも、今はまだ浅くないかもしれません。

 けど、あの頃よりも鮮やかな姿が、これからいくらでも見つかると、今の私は信じられます。人と人との出会いには、それだけの可能性があるはずです。君が創った物語と、君が聞かせてくれた景色のおかげで、そう思えます。


 まだ誰も知らない、胸躍る「これから」の話。私はたくさん伝えたい、君にも伝えてほしい。

 だから、これからもずっと、よろしくね。


 つむぎ




 新入生向けに学生有志が開くイベントに足を運ぶべく、希和まれかずが身支度を整えている最中。受信を知らせるスマホを確認すると、詩葉うたはから画像が送られていた。


 開いてみると、咲きはじめた桜をバックにした陽向ひなたとのツーショットである。そのままメッセージもついてくる。

「まれくんにも、春のおすそわけです」

「樹はともかく笑顔は満開って感じね、何より」

「東京はもう見頃なんじゃ?」

「そうだけど、一緒に観に行く人いないし」

「そんな寂しいこと言わず。サークルの新歓とかあるでしょ?

 楽しいことあったら撮って送ってよ」


 少しだけ間を置いてから。


「ちゃんと自分が映ってる写真をね!」


 希和の意識を読んだように付け加えられた一文に吹き出す。自撮りはさすがにハードルが高いが、リクエストとして覚えてはおこう。


 少し迷ってから、この間に詩葉が贈ってくれたハンカチを持っていくことにする。緑色を基調とした、大人びたデザインのそれは、高校生には少し値の張る品だ……というのは、調べていないので印象でしかないのだが。嵩張らず実用的で、しかし長く残るもの、という思いで選ばれたことは予想がついた。


 緑色。部活で制服以外の衣装にするときの、希和の担当色。話し合いのときに誰が言い出したのかは忘れたが、自他ともに「らしい」と認める色だったし、詩葉は特に気に入ったようだったのだ。以降、小物や文房具に緑を加えることは少しずつ増えたし、そうやって選んだ緑のシャーペンは勝負ペンになりつつあった。詩葉にそれを伝えたことはなかったが、こうしてプレゼントに取り入れてくれたあたり、自分が思っていた以上によく見てくれた、ということなのだろう。普段使いするには高級すぎるような気もするが、いいお守りになりそうだった。


 あのとき詩葉からもらったプレゼントには、手紙もついていた。誕生日と合格のお祝い、そして未来の話だった。これまでのことを振り返るとキリがない、とも思ったのだろう。


「私たちが過ごしてきた、合唱部を中心とした世界は、いま振り返ると不思議なくらい、温かくてカラフルな場所でした。合わないことも、受け容れにくいところも確かにあったのに、みんなのことが大好きで、そこにいる自分が誇らしい場所でした。

 けど、私たちを待っているのが、そんなに優しい場所ばかりでないことも分かるんだ。君も私も、教室が苦しい時期が確かにあった。大人になる私たちは、大人としてあるべき形を突きつけられることになる。好きだけじゃどうしようもない、そんな世間に進んでいくことになる。


 私がヒナちゃんと出会えて結ばれたことは、奇跡としか言いようがないことも。これから少しずつ、まだ叶わない望みに出会うこと。私なりに分かっています。君がきっとそれを心配することも分かります。ここからの道程の方が、ずっと険しい。


 それでもね。私は、ヒナちゃんといる私が好きで、君がずっと応援してくれた私が好きで、出会ってきたみんなが生きている世界が好きです。

 だから、みんなに幸せでいてほしい、誰より君が幸せであってほしい。たとえ私たちがどんな壁に阻まれていても、その祈りはずっと変わらない。


 いつか。大人になって、それぞれに素敵な出会いをして。何も怖がることなく、何も妬むことなく、見つけた愛の形をみんなで祝福しあえるときが来ると、私は信じています。そんな未来のために、できることを探しています。


 だから君も、君に待っている奇跡を諦めないで。

 幸せになるべき人であることを、疑わないで。


 今より、あの頃より、ずっと眩しい未来で会おうね」




 合唱部にいた頃が、人生で一番幸せな時間になる――そう思うことは幾度となくあった。今だって実感としてはそうだ、けれど。

 

 何より深かった望みが叶わなくても、あんなに幸せだったのだ。

 これから巡り会うかもしれない可能性には、きっと、想像もつかないくらい幸せな道だってある。


 イヤホンを挿し、スマホに保存したHumaNoiseライブの録音を再生する。弦賀つるがのギターソロの激しさに笑ってしまいながら部屋を出る。「Are you ready?」 と和可奈わかなが煽る、「OK!」 と内心で唱える。


 東京という響きからすると、随分と素朴な郊外の街並み。少し歩いたところに立つ桜は、見慣れてもいないのに、一人で見上げているのに、不思議と温かい色をしていた。




-雪坂高校合唱部編・終演-

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る