3月11日 -Our hope is, -
「それでは、
乾杯、の響く
「しかし希和が都会って、こう、ぶっちゃけ不安なんだが」
「どうやってもシティボーイになれないとは散々言われてます」
希和は首都圏の公立大の法律系学部に進むことになったのだ。有名かはともかくこの立地である、難易度はそれなりに高かったし、最後まで気の抜けない受験期だった。
「けど、やっぱり難関突破の快挙だよ~! 取材で来たときに、この子は優秀だなって直感したのは正解だった」
ニコニコな
「そして結樹ちゃんはさらに雪深そうな所に……結樹ちゃんだけに」
「
「雪だけに?」
「さては疲れてらっしゃいますね?」
結樹は北陸の国立大の薬学部に進むことになった。薬剤師になりたいとは出会った頃から語っていたが、順当にそれを叶えつつあるようだ。
「けど
「ああ見えて、奥底での我の強さは私たちの中でも一番強いですから。応援してやりましょう」
和可奈と結樹の話す通り。詩葉は志望校に届かず、浪人を決めていた。
とはいえ、詩葉の成績が不振だったという訳ではない。高校入学当初は成績に伸び悩んでいたが、二年生の後半――
当初はあまりにもレベルの差が大きく、親や教員からの反対も強かったというが。頑なに理想を曲げずプレゼンを続けたこと、射程範囲内といえるまで学力を引き上げたことから、浪人も視野に入れてのチャレンジを認めさせたらしい。
「誰にもできると思われていなかった理想を、追いかけ続けてきたのが私ですから。その先で出会った皆さんにも、諦めてほしくないです……詩葉さんだけでなく、皆さんひとりひとり」
ジェームズの言葉に、それぞれが頷く。前例のなさに負けなかった、その一例を知っていることは心強い。
そして、今日やるべきことはもう一つ。
*
ラジオ越しのアナウンスに合わせて、その場の全員で黙祷を捧げる。
「……時間が経てば悲しみも減るだろう、そう以前は考えていたのですが。残るものですね」
震災で旧友のジュンをなくしたジェームズ。言葉以上に、表情が沈痛を物語っていた。当事者でない希和からは、どんな共感や励ましの言葉も意味がないように思えて、ゆっくりと頷くしかない。
「それでも。こうして共にある皆さんのことは、共に歌えた皆さんのことは、やはり私にとっての希望なのです」
顔を上げたジェームズと目が合い、希和も「こちらこそ」と答えた。
「この前の夏のコンクールで歌った曲は、作詞された方が亡くなられているんです」
追悼、ということで思い出したのだろう。結樹は
「美しい心を持った方がもう亡くなられている、そんな悲しみに触れることが増えて。それはきっと、尽きることない悲しみなのだと思います。出会いが怖くなることも増えました。
それでも私は、歌うことで人生に触れられたと感じました。HumaNoiseでも、ジュンさんに触れられたと感じました。だから……」
珍しく結樹が言いよどんだ、その先を希和が引き継ぐ。
「私たちの現在だって、一緒にいた誰かに宿るから。でしょ?」
結樹は苦笑しながら頷いて、改めて口を開く。
「自分に降りかかる別れを恐れすぎないで理想を追いかけよう、そう思えた部活動でもありました」
「僕がジェフさんと作ろうって話してる歌も、そういう感情をテーマにしようって考えてるんですよ」
コンクールや受験に追われ、話が出てから一年も経ってしまっているが。HumaNoiseで歌う曲を希和とジェームズとで作ろう、というプランはお互いに共有しているのだ。
ジェームズもいくらか柔らかい表情になって頷いた。
「ええ。私も、自分に待っている出会いを逃さずにいたいです……けどやはり、悲しい別れは無い方がいいですから」
和可奈も真剣な面持ちで、ジェームズの言葉を引き継ぐ。
「結樹ちゃんも、まれくんも。新しい場所での一人暮らし、どうか気をつけてね」
「はい、みなさんも」
微笑む結樹に続き、希和からも。
「ええ、ちゃんと世間を疑って暮らしていきますよ……同じステージじゃなくても、また一緒に音楽しにきますから」
また。いつか。
約束は、どちらかが忘れてしまうかもしれない、何かに阻まれるかもしれない。
その可能性を目の当たりにしながらも、それでも約束を重ねておきたくなるのが、その場所に湧いた愛着なのだろう。
帰りたいと思える場所が、こんなに増えたから。これから訪れる、誰のことも知らない場所だって、今はそれほど怖くなかった。
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