March of Interlude, 2015

3月5日 -And I'm proud to be with you.

「――ということで、後輩一同、ならびに私からの気持ちです」

 九瀬くぜ先生の挨拶と共に後輩が差し出した花束を、希和まれかずは両手で受け取る。

「ありがとうございます、お世話になりました!」


 卒業式の後の校舎では、部活や委員会ごとに至る所で集まりができていた。希和も、報道編集委員の後輩有志や顧問の先生に送り出されているのだ……といっても、部活やクラスよりも優先順位の下がりがちな委員会、後輩の姿は熱心だった数人に留まったが。


「しかし飯田いいだ、三年もほんとに頑張ってくれたよ……部活と並行して取材班リーダー、大変じゃなかった?」

「いえ、優秀な人揃いでしたし心強かったです。伸び伸び好きなことやらせてもらえて楽しかったですよ……柚守さんもありがとうね」


 同期委員、柚守ゆずもり千彩ちさにも声をかける。絵が得意な女子で、取材や執筆のみならず、冊子の表紙にも活躍していた……のだが。委員会、というより九瀬先生への思い入れがよほど強かったのだろう、泣きっぱなしである。


「面倒くさそうな仕事だと思ってましたけど、飯田先輩のおかげで楽しかったですよ!」

「大学……はまだ結果待ちでしたね、どこであってもファイトです!」


 ひとりひとりと過ごした時間は少なめとはいえ。自分が果たせた役割も、自分を評価してくれる人も感じさせてくれる、大事な場所だった。ここで次々とチャレンジできたことが、他のフィールドでのポジティブさにもつながっていたように思う。


 希和は委員に最後の挨拶をしてから、廊下に出る。これから合唱部の面々に会いにいく予定、なのだが。

 意識して距離を取ってきたせい、だろうか。送り出される側の照れ、だろうか。部室へ向かう足取りが、なぜだか重い。半年前まで、どうやって彼らと――詩葉と、接していたんだっけか。


 妙にゆっくり歩きつつ。すぐに抜けてきたくせに、もう一度クラスに顔を出そうか、などという気分すら出てきた頃。


「ああ、まれくん見つけた」

 音楽室の方から歩いてきた春菜はるなだった。

「あれ、春菜さんも部の方に行ってたんじゃ?」

「そうなんだけど、お手洗いにね……そのついでに。なんとなく、君がこの辺にいる気がしたんだ」


 歩み寄ってきた春菜が、希和の表情を見つめる。穏やかな、それでいて何もかも見通しそうな眼差しは、希和の心情をそれなりに把握したのだろう。


「変わっていくのを確かめると余計に寂しくなっちゃう、私も少なからずそんな気持ちはあるけど。それでもみんな、会いたいのは一緒だよ」

「……だね。行こっか」



 数ヶ月ぶりに音楽室の扉を開けると、卒業生も在校生も顔を揃えていた。

「こんにちは、お待たせしました」

 式服の松垣まつがき先生が、希和を見て声をあげる。

「おお、まれくんもやっと来た! ……なんか雰囲気が変わったね、シュッとしたっていうか」

「受験でやつれたんじゃないですか?」

 より直截な表現をぶっこんできた清水しみずに、隣の泰地たいちが顔をしかめる。

「なんで一番空気の読めないワードチョイスしますかねキヨさんは……希和先輩、どうぞこちら」


 泰地に招かれて、男声陣の間に腰を下ろすと。

「大変でしたね、」

 清水に小声で言われた。

「まだ終わってないけどね」

 私立で一校は確保しているものの、本命の公立大は結果待ちである――とはいえ、大一番は終えたのだ。もう少し晴れやかな気分になってもいいと自分でも思うが、自身を追い込む思考法はそう簡単に離れてくれないらしい。希和に詳しく言われなくても、清水はそうした経緯を察していたのだろう。


「じゃあ、皆さん揃いましたし。挨拶は後ほどゆっくりと、まずは歌いましょう!」

 沙由さゆの音頭に合わせ、めいめいピアノのまわりに並ぶ。誰が言い出したのかは知らないが、卒業式の日には卒業生と共に音楽室で歌うのが合唱部の恒例行事なのだ。曲はNHKコンクールで中学の課題曲にもなった「虹」だ。


「ソロは部長と副部長のが通例なんだけど、二人とも良いよね?」

 ピアノの準備をする松垣先生の確認に、

「喜んで」

 すぐに頷いた結樹ゆきと、

「副部長権限で他に譲れませんか?」

 回避を試みる希和と。


「部長権限で下知する」

「結樹さんこういう所で振りかざさないの! ……では僭越ながら。なにも練習してないので大目に見てくださいね」


 現役部員のときの感覚を思い出しながら、周囲を見渡す。二学期になってから二人の一年生が新たに入部していることもあってか、記憶よりも輪は大きい。


「それでは。出会えたことの喜びを、共に歌ったことへの感謝を、未来へのエールを込めて。忘れられない、響きにしましょう」

 そんな言葉と共に、先生は前奏を弾きはじめる。


 どこか安堵するピアノの音色を聴きながら、歌詞を脳裏で反芻する。

 出会いは別れの始まりであること。望みは失望と裏返しであること。喜びは悲しみだって連れてくること。ひとつひとつ、ここで知ってきた、この心で覚えてきた、けれど。


 歌が始まる。出会って、望んで、声も心も重ねてきた、それらはかけがえのない喜びであったことを教えてくれる歌だ。


 重なる温もりに、瞳の奥で凍らせた想いがじんわりと溶けていく気配がするけれど、それはもう少し待ってほしい。


 僕の声を、僕の心を、ちゃんとここに残しておこう。

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