Ⅴ-15 Today is the beginning, for you!
朱の混じる陽射しが、舞台を終えた生徒たちの表情を染めあげていく。
閉会式の後、バスに乗り込むまでの時間。かつて
「ちゃんといい合唱だったぜ。俺の後輩だからな」
「
「両方だよ……まあ、俺抜きにしてもさ。ほんと頑張ったじゃねえか」
労いにしては雑な
そして
「君が
泰地の頬をはさんでご満悦そうだった。泰地は女子の卒業生を相手に固まっているし、
「直也さん、そろそろ陽子さん止めてあげないと、泰地くんにトラウマが」
「今日くらいツッコミ免除させてほしいんだが……後輩を巻き込むのもあかんな、仕方ねえ」
陽子たちに歩み寄っていく希和に、
「お疲れ様、聴きにきて良かったよ」
「倉名さんに届いたなら嬉しいです……正直僕は、審査員の先生方よりも、お世話になった人たちへの意識が強かったですし」
「その様子だと納得しているみたいだね。けど、僕からは文句なしの金賞だよ」
最後のコンクールは銀賞だった。去年の金賞という快挙の再演はならなかったが、現役の上級生部員にとっては充分に目標達成だった。HumaNoiseにしろミュージカルにしろ、コンクールでの受賞よりも多様な表現を優先してきたのが僕たちだ。それでも銀賞に届いたことに、希和はそれぞれの積み重ねを見る。
「そうそう、僕も
そう語る倉名の様子は、以前よりもずっと軽やかだ。弦賀への恋慕も、それを秘密にしていたことも、彼にとっては決して軽くない痛みの記憶のはずだったが。
「倉名さん、素直に楽しみって顔ですよね」
「だろうね。大学で新しい人たちに出会ってさ、蟠りもだいぶ軽くなったんだよ」
新しい人――その内訳は聞かないが。首元で光るネックレスも、もう自分の頭に載らない掌も、きっと、同じ好きを分かち合える人の影響なのだろう。
「季節が変わった、周りにいる人が変わった。そうやって少しずつ、何もかもあって良かった、この自分で良かったと思えるようになったから。
倉名の言葉を呑み込みながら、周りを見渡す。
「……今だって、思えてますよ」
先輩、同期、後輩、先生。
ひとりひとりに、自分にはない特質があったように。
ひとりひとりに、自分だから与えられる影響があった。
その重なりの向こう、人と人との間に流れるのは、こんなに温かいひとときだから。
「選んだこと、選ばなかったこと。選んでくれたこと、選ばれなかったこと。
今も、これからも、全部に胸を張れます。支えられて生きていけます。
そんな僕にしてくれたのが、皆さんです。だから、ずっと。雪坂の合唱部のこと、ずっと好きです」
*
翌日、引退セレモニーを終えた帰り道。
「送り出される側が言えることじゃないけどさ、二年生の情緒おかしかったな……」
後輩からもらった色紙を眺めつつ呟く結樹に、希和は
「昨日一番泣いてたのって」
「結樹だもんね~、けどキヨくん泣いてたのはビックリしたよ」
詩葉の語る通り。こうしたセレモニーでは常に飄々としていた
「むしろ陽向が心配なんだが、ここのところ泣きっぱなしだけど」
「ヒナちゃんはね~。自分のコントロールが上手い子だから、私たちがいないことにもすぐ慣れるよ。これからの私たちはファンとして楽しませてねって気持ちも分かってくれてるし」
「
三年生引退直後の、人のごっそり抜けた音楽室。その寂しさは希和も知っているのだが。今は正直、自分のこれからの方が心配だった。
だからこそ、今は。
「けど、さ。ほんと、楽しかったよね」
それだけは確かな言葉を、ちゃんと置いていく。
「だな、ずっと楽しかった」
「楽しかった! 結樹とまれくんの、みんなのおかげだよ」
そして結樹が電車を降りて。希和は詩葉と向かい合う。
部活ともう一つ、今日じゅうにやっておきたいこと。
「ねえ、詩葉さん」
「うん、希和くん」
「君が僕に向けてくれる気持ち、裏切ることになるかもしれないんだけど。
これから。今までより、距離を置かせてほしいです」
部活は引退しても学校は同じだし、帰り道も一緒なのだ。今まで通りに接することもできる、受験期を支え合うことも大切だろう。
それでも。詩葉のいない日常に、ちゃんと心を慣らしておきたい。
「きっと、希和くんはそう言うんだろうなって思ってました。
少し寂しいけど、必要なことだよね……けどね」
息を吸い直す、その刹那。きっとお互いに、共に過ごした五年間をなぞっていた。
「これから。希和くんが困ったときも、落ち込んだときも、自分を疑ったときも。
私はずっと、君の味方だから。いつだって応援してるから。それを忘れそうなときは、いつでも呼んでね」
まっすぐな、裏のない声と眼差し。今はそれで充分で。
きっとまた、叶わないと散々確かめたのに、それ以上を望んでしまうから。
それ以上を望んでしまえる場を、ここに沈めておく。
「ありがとう、そう言ってくれる君を好きになって良かった。
だからもう、きっと大丈夫」
電車を降りる。いつもの分かれ道まで歩き、同時に足を止める。
「せっかくだし、背中を押してあげましょう」
言いつつ、詩葉は背後に回る。
「背中……物理的に?」
「思いっきりバシンと行くから踏ん張ってね――よし、」
確かめるように、背中の中心に詩葉の手が触れる。
「君がどこにいても。どんな君を目指しても。君を必要としてくれる人が、君だけにできる何かを待っている人が絶対にいるから。信じて、胸を張って、今日から新しい君へ――始まれ!!」
ばしん。予想以上の強い力に驚きつつも、その本気に励まされる。
「よっしゃ、受け取った……ちゃんと始まれそうだよ」
だから、ちゃんと終われそうだ。
「まれくんからもやっとく?」
「力加減に困るからやめとく。伝えたいこと、全部伝えてきたから――ありがとう、それだけ」
「私こそ。心から、ありがとう」
一歩引いて、身を翻して。
遠ざかる道を歩き出す、その前に――きっと、君も同じ気持ちだったのだろう。
「詩葉さん、」
「まれくん、」
「「いってらっしゃい」」
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