#12 絆の物語 / 山野 和可奈

 アカペラでの四部の和音が響く中、ストリングスとホーンがスピーカーから溢れ出し、舞台が華やかに照らされる。曲を打ち込んだ鈴海が隣でガッツポーズ、その横顔の眩しさにまた泣き出しそうになる。フィナーレの原曲は「喜びの歌」、ベタかもしれないが私たちにとっては最高の選曲だ。


 祝祭のような景色と、本領である歌声で描かれるのは。


“川から畑へと穴を掘れば、水を運ぶ苦労もないでしょう”

“色とりどりの恵みいただき、身体も丈夫になってるよ”

“知らなかったよこんなに、世界は楽しい”


 種族に関係なく手を取り合い、力を貸し合う生活。


“山と谷と川を越えた先は、見たことのない不思議な景色が”

“生き物も草花も、未知なる恵みに満ちてるよ”

“新たな薬へ、探険を続けるさ”


 新しい資源を探しての、未踏地への冒険。


 対立や遺恨の後としては理想的すぎる着地かもしれないが。それぞれが抱える違いに直面して散々悩んだはずの彼らが、こんな物語を選んだことが、和可奈にはどうしようもなく嬉しかった。

 声に出してぶつかって、言えないまますれ違って、それでも向き合うことを選んできた彼らの歌声が、愛しく響いて仕方なかった。


 必要以上に頑張りすぎていたかもしれない。力のある指導者で、優しい先輩で、可愛い女性であることにこだわりすぎていたかもしれない。自分の暗部にこんなに気づくこともなかったかもしれない。

 大好きな後輩たちだけれど、大好きばかりでもなかったのだ。


 ひたすらに無邪気な詩葉に苛ついたこともあった。

 結樹の賢しらな態度が気に障ることもあった。

 遠慮ばかりの春菜に困ったこともあった。

 合唱がやりたいのかさえ微妙な藤風に頭を抱えたこともあった。

 希和に手を焼いているという声は引退後にしょっちゅう聞かされた、自分だって気を遣った。


 どうしてもっと上手くできないのだろうなんて、何度も思った。


 それでも、その先で。君たちはこんなに眩しい音楽を届けてくれた。この愛しさと誇らしさは、コンクールでの銀賞よりもずっと輝かしい財産だった。


 辞めなくて良かった。この場所に背を向けず、見守り続けていて良かった――君たちの先輩で良かったよ、私。

 

 ――そして物語は終幕へ向かう。


“歌い続けよう、僕らの絆を”

“私とあなたの色で今を彩ろう”

“虹のように響く、物語を続けよう”


 最後の決めポーズ、礼を待たずして起こる拍手――その一番手が誰だったかは分からないが、卒業生の一帯からなのは確かだろう。痛くなるくらい、両手を鳴らす。


 裏方の二人も登壇し、一同で礼。挨拶を始めた詩葉の表情に、彼女が積み上げてきた強さが滲む。そしてその隣、シナリオを手がけた希和の清々しい表情。

 

 他の誰とも違う間合いが、ずっと気になっていた二人に想う。

 何があったかは分からないけど、知らせてくれる必要もないけど。


 受け取ったよ、大好きだよ。君たちの絆の物語。

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