#11 Uniting × Lighting / 八宵 楓

 やりきった――暗い舞台を見ながら、八宵は息を吐き出す。音楽と演技と同期させながらの、目まぐるしい照明操作。厳密には見返さないと分からないが、上手く回っていたはずだ……練習を始めたときはどうなるかと思ったが、全員の努力と個性は美しく噛み合ってくれたらしい。


 これからしばらく、照明操作には余裕ができるシーンだ。十秒ほど数えてから、隣の音響担当・渋永に合図する。

「始めるよ」

 ホリゾントを緑に。照明のフェードインに合わせて、渋永は続いていた流水の効果音のボリュームを下げていく。続いて、水面に飛び込む効果音。渋永は中学時代から放送室で機材に触れていたそうだが、今回の呑み込みも早かった。自分が抜けた後の裏方も安心して任せられそうだ――最後の大会が終わるまで、あまり引退後を考えたくないが。


 上手側より、ナミナの手を引いたゼッキーが駆け込んできた。

「はあ……大丈夫?」

「ありがとう、なんとか……他の人は?」

 ゼッキーが気遣い、ナミナが答える。


「おい、手伝ってくれ!」

 脇からザッカの声、すぐにゼッキーが向かう。連れられてきたシーユとズーイが、倒れ込みながら荒く呼吸する。

「後はタキさんと、ギラハちゃんが……」

 整わない息のまま安否を確認するシーユ。

「ハヅマさんも一緒のはず、探してくる」

「ウチも!」

 すぐにザッカが駆け出し、ゼッキーも続く。


 アクアズが駆けていった方向を見ながら、ズーイは怪訝そうに呟く。

「……なんか、いい奴らじゃん?」

「まあ、緊急時だし」

 冷静な答えを返しつつ、心配そうに様子を見守るシーユ。当初はこの手のニュアンスの込め方が追いついていなかった彼らだが、それなりに伝わる水準までは持ってこられたと思う。八宵たちが教え方を工夫したのも確かだが、結局は合唱部員の姿勢の賜物だった。教えられたことに素直で、よりよく聴かせることに頑固。季節ごとに違うジャンルに取り組んできた節操のなさの成果だろうか。


 再びの水音。ゼッキーとザッカ、ハヅマに連れられ、タキとギラハが引き上げられる。タキは咳き込んでいるだけだが、ギラハは力なくうなだれている。


「ギラハ、しっかりして! ギラハ!」

 ハヅマが必死にギラハを揺すること数秒、ギラハが咳き込んで起き上がる。

「げほっ……お母さん?」

「ギラハ!」

 放心したように、ハヅマはギラハを抱きしめる。

 

その様子を見守りながら、立ち直ったタキが声を上げる。

「……さて。つまり、アクアズもみんな無事だったんだな?」 

「そうだけど……グランズのみんな、助けに来てくれたの?」

 なおも信じられないように訊ねるゼッキーに、むすっとした声でズーイが答える。

「俺らだけじゃねえよ、ほら」


 翼の効果音。ズーイが指さした方から、ウィングスがやってきた。降り立ったライズが、得意げにギラハの肩を抱く。伊綱空詠という新人、上手さだけでなく底知れない面白さがあった。

「この子が呼びに来たんだよ。助けてほしいって」

 立ち上がったアクアズの三人が、深々と頭を下げる。

「本当に……本当に、ありがとう。私たち、グランズにもウィングスにも迷惑かけてばっかりだったのに」


「その話なら帳消しじゃないよ」

 ハヅマの言葉に、カッタが割って入る。

「あんたらが流した毒で、満足に動けない身体でね……まずはしっかり謝ってもらわないと気が済まないってのと」

 目線で続きを促され、ギラハが歩みでる。


「助けてもらう代わりに。私たちの力、他の種族のためにも使おうって約束したんです」

 澄んだ声色と丁寧な発声、全身で役に入り込む姿勢。この子が演劇部にいてくれたらと、珍しく思ってしまうくらいには詩葉は魅力的な役者だったが。この子が歌わないなんてあまりにも勿体ない、そう確信するのも確かだった。

「みんなも分かったと思うんだ、自分たちだけじゃできないこともあるんだって。だから、」


「ギラハ」

 ハヅマに呼びかけられ、肩を竦ませるギラハ。叱責を予感したギラハを、ハヅマは優しく抱きしめる。

「ありがとうギラハ。私たちがやらなきゃいけなかったこと、約束してくれて」

 途中入部から一年弱、浜津も順調に育ってきている。聡いのか天然なのかよく分からない所も含めて、一緒が楽しい。


 ハヅマがカッタに向き直るのに合わせ、青みがかった照明に変える。冒頭から引っ張り続けた対立の解決、納得させられるかは君たち次第だよ。


「本当にごめんなさい。私たちの傲慢と横暴のせいで、取り返しのつかない傷を負わせてしまいました。これから、できることはなんでもするから、どうか許してください」

「そうだね……」

 注目を浴びながら、カッタはしばらく考え込み、息を吸い込む。意味はないと分かりつつ、樫井にキューを出す。行ったれ、相棒!


「アクアズのバーーーーーーーーカ!!」


 フロアいっぱいに響き渡る絶叫に。呆気にとられた演技をする役者たちと、呆気にとられる観衆たち。


「まだ許してはいません。けど、ちゃんと力貸してくれたら、考えないでもないです」

 恨みを引きずりつつ、受容を決断しつつ。この感情の入り混じった台詞は、やっぱり君に任せるしかなかった――君がいたから踏み出そうって思えた舞台だよ、カッシー。


 舞台を温かなオレンジに。妖精たちの表情が驚きから安堵に変わる。

「じゃあ、そういうことで。みんなが無事で良かったです」

全体に声をかけながら、キーナはギラハの手を取る。


「君がつないだ、新しい時代の始まりだよ。ギラハ、おめでとう!」


 照明をフェードアウトし、つかの間の暗転。


「そして私たちは、力を合わせ始め」


 詩葉のナレーション。そしてセイドと龍を演じてきた三人が、春菜はアクアズ、香永はグランズ、泰地はウィングスの衣装で合流。


 暗いままの舞台に、アカペラのハーモニーが響く。原曲はベートーヴェンの交響曲第9番第4楽章、通称「歓喜の歌」。


“つながり築く、喜びを歌おう”


 ミュージカルなのだ。フィナーレは思いっきり、笑顔で歌って締めだろう。

 渋永がトラックを再生、八宵は照明をフェードイン――さあ聴かせてよ、私たちの喜びのメロディを。

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