#10 United Climax / 飯田 希和

 上手側より、アクアズの救出に向かう一行がぞろぞろと進み出ていく。下手側には、先ほどまではなかったオブジェが設置されていた。車輪つきのホワイトボードの端をグレーの紙で覆って舞台と垂直に置き、岩に模したものだ。

 同時に、神・セイドを演じた三人……春菜、香永、泰地が龍を演じる準備を整える。段ボールに布を被せて作った龍の人形を、黒衣の三人が獅子舞のように操作するという形だ。


「うわあ、本当に龍がいますね……」

 遠くを見て声を震えさせる沙由シーユに続き、希和ダーズも恐怖を口にする。

「一回は近くで見てみたいって思ってたけど、こりゃ怖いわ……」

「ちょ、怖じ気づくなよお前ら! お、俺は平気だぞ――いって」

 虚勢を張っている清水ズーイ和海ナミナが小突く。


 動揺を隠せない一行の中、意を決して陽向キーナが口を開く。

「それじゃあ皆さん、準備いいですね?」

 続いて、空詠ライズ結樹タキが応じる。

「ああ、俺たちウィングスが空から龍を陽動」

「その間に私たちグランズが岩を退かし、アクアズの道を作る……いいじゃないか、面白くなってきた」

 観客向けの状況説明も兼ねての、段取りの確認。


「龍といえば空の下の絶対王者、相手にとって不足なし……そもそも、三つの種族同士がこんなに手を取り合うことだって、今までは考えられなかったんだ。きっと上手くいくさ」

 さらに仲間を勇気づけるライズ。今となっては彼女以外に浮かばないくらい、空詠はこの役に似合う。


 彼らの言葉を受け、詩葉ギラハは息を吸う。

「じゃあ皆さん、どうか宜しくお願いします……」


 その次の言葉。和枝の小説の中でも、紡が特に気に入ってくれたフレーズだった。

 未来のために、力を結集するクライマックス――今のために、感性と個性と努力を結集するクライマックス。

 こんなに小さな舞台でも、ほんの一日でも。僕にとって、これ以上に大きなステージはない気がした。

 きっとこれ以上、僕が、僕が創った世界が輝くことなんてないのかもしれない――これが、僕の青春のクライマックスだ。


 始めよう。見守っている先輩たち、共に歩いてきたみんな、勇気ときっかけをくれた紡――そして君と。


「それでは、奇跡を始めましょう!」


 響く詩葉の声、スティックでの4カウント。原曲はネッケの「クシコス・ポスト」、冒頭のメロディに全員でユニゾン。赤く変わるホリゾント。

 

“力を合わせ、助け出せ!”


 鈴海の打ち込みだけでなく、HumaNoiseバンドメンバーの演奏も素材になっているトラックに合わせ、まずはウィングスが前に出る。同時に、下手側に入っていた龍が照らされる。

 ターンしてマントをはためかせる陽向、人差し指を突き出して笑みを浮かべる空詠に続き、希和は拳を突き合わせる。


“さあ龍さんよ、寝てないで”

“ちょっとこっちで、遊ぼうぜ”

“お空はあなたもお好きでしょ”

 ライズ、ダーズ、キーナの順に、飛び回るようなステップと仕草を交えながら二小節ずつ。

 そして空を邪魔しにきた小さな存在へ、本来の主である龍から怒声が飛ぶ。

「なんだ貴様らは、分を弁えよ」

 龍トリオは黒衣でアイコンタクトも取れない中、音程も縦も完璧に揃えてきた。流石は我らのエースたち――内心で拍手しながら、ウィングスの三人で龍を囲む。


“誰かを想う”

 三人でのハーモニーに続き、

“愛こそ何より強い追い風”

 空詠と希和、オクターブでユニゾン。

“君の勇気が”

 再び三人で、そして陽向のソロへ――詩葉さんへの愛で、君は何度でも自分の限界を超えてきたでしょう?

“僕の限界を壊すから”


 そして龍の怒りは増していく。

「この無礼者め、殺してくれる」

 香永の太い声、春菜の響く高音、泰地の鋭い低音。そして泰地が操作する龍の頭部が苛立たしげに揺れる。


 続いては地上、アクアズの逃げ道を塞いでいる岩を目指すグランズとギラハだ。熊岡くまおかのスラップが暴れる間奏の後に五人が照らされる。


“そこは任せた、ここからは”

 ウィングスを指さして朗々と歌う結樹に続き、清水が肩を回しながらラップする。

“力持ちの出番です、見てろよ俺らの団結”

 そして五人で岩(を模したボード)を押しにかかる。


“壁とは越えるためにある”

 力む声色を混ぜながらの和海に、

“これは困難です、けど我慢です、仲間と一緒に、”

 沙由による可愛らしいラップ、そのラストを

“――初志貫徹!”

 四人のシャウトで締める。ノリに任せた足し算のアレンジだったが、熱いムードが湧き上がっているのは確かだ。


 そのまま、ウィングスも加わっての掛け合いになる。龍を幻惑するように違う方向に駆けながら、見えない角度にいる陽向とラップを揃える。

“もっと速く、”

“もっと高く、”

 まずは一人ずつ、そして呼吸を合わせて十六分で十四音。

“まだまだ強く僕は羽ばたく”

 狂いなく着地、練習よりも熱い喉に自分でも驚く――通じ合えただろ、あんなにすれ違った僕らだって。


“奴らの勇気に、力みなぎる”

 結樹と和海、実力者らしい綺麗な和音。


「ええい、飛び回って小癪な奴らめ」

 ウィングスを追い回しながら吼える龍。


“痛みの先に滾る炎”

 沙由と清水、先ほどのラップとはまた違った力強いユニゾン。


「隙間ができました、後少しです!」

 そしてギラハがエールを送り、岩の向こうにいるアクアズが照らされる。伴奏は次のパートへ。


「助けが来たぞ、これは夢か」

 信じられないといった面持ちで呟く浜津ハヅマ

“夢じゃないよ、みんなが来てくれたんだよ”

 藤風ゼッキーの喜びの声が、跳ねるようなメロをなぞる。

“俺たちも押そう、力を合わせて”

 福坂ザッカの提案に二人が頷き、三人のハーモニーが決然と響く。

“明日という光、掴むんだ”


 弦賀つるがのギターのグリッサンド。全員が展開し、陸と空で燃える闘志と、アクアズからのアンサーが交錯する。

“命を燃やせ”

“償うためにも、今日の向こうへ”

“刹那を躱せ”

“未来を共に紡ぐために”

 全て、和枝として書いてきた小説から、紡が提案してくれたフレーズだった。こんなに自分の言葉を誇れるようになるなんて、一人で書いてきたときは思いもしなかった。見つけてくれて、歌になって、初めて気づけた。

 


「格下共よ、思い上がるなあ!!」

 龍の咆哮。持ち前の声量に甘えずに磨いてきた、香永の強烈な一撃。

“祈りを腕に、翼に込めて”

 グランズとウィングスの和音に、真銀まがねのサックスが重なる。


 歌のラスト、キーナとギラハのソロ――さあ締めくくって、ふたりなら無敵の君たちで。

“勝算は、つないだ手に”

“奇跡は絆が連れてくる”


 山吹やまぶきのフィルで音源が途切れ、龍と地上が照明に抜かれる。

「そこにいる貴様らは誰だ!」

 龍が気づくのと同時に、岩が退かされる。


「まずい、龍がそっちに気づいた」

「もう開いた!」

 ライズの警告とタキの報告。

「けど逃げられない!」

 悲鳴を上げるシーユ。

 狼狽するグランズたちに、自由になったアクアズが駆け寄る。


「ここからは任せて、川から逃げるよ!」

 ハヅマの合図、襲いかかる龍。アクアズたちがグランズたちを抱え、水音の効果音と共に暗転、全員が捌ける。


 退場した所で、溜め込んでいた息を吐き出す。まだ終わりではないが山場は越えた、見た限りでは失敗もない。

 安堵に浸りかけながら、次の出番に向かう部員たちを見て気合いを入れ直す。ここまで来たんだ、最後までやり抜け、自分。


 龍を演じていた三人が黒衣を脱ぎ、着込んでいた各種族の衣装が露わになる。そしてグランズとアクアズが再び舞台へ出ていく。


 脇を突かれて振り向くと、陽向が「良かったですよ」と言いたげにサムズアップを見せてきた。希和も同じように返すと、陽向は拳を合わせ、可笑しそうに目線を逸らす。

 僕が思う以上に、陽向からも友情を抱いてくれたのだろう……そんな予感を抱きつつ、舞台に耳を澄ます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る