#9 勇気のリレー / 武澤 結樹

 詩葉ギラハとウィングスたちと入れ替わるように、結樹たちグランズがステージに出る。暗転中に農作業の仕草を始め、ホリゾントが夕焼け色に染まるのに合わせて結樹タキは辺りを見回す。


「今日はこの辺で良いだろう。そろそろ帰ろう」

「ウッス、今日もお――」

 清水ズーイの答えを遮るように、上手側から声が掛けられる。


「おーいタキ、いるか?」

 声の主は空詠ライズだ。彼の後ろには、他のウィングスとギラハもいる。

「わあ、ライズさんじゃないですか! この前に手伝ってもらって以来ですね」

 嬉しそうに駆け寄っていく和海ナミナの後ろで、ズーイが怪訝な顔をする。

「なんだ、この前のアクアズもいるじゃねえか?」

 睨みつけられたギラハが、びくっと肩を縮こまらせる――昔の詩葉は、よくこんな怖がり方をしていた。最近はそんな姿を見なくなったのは、接するのが減ったからか、怖がることがなくなったからか。


 感傷を振り払いつつ、タキもライズを迎える。種族は違えど友人、そんな間柄を意識している。

「久しぶりじゃないか、急にどうした?」

「この子の話は前に聞いたんだろ? グランズの力も必要だから、改めてお願いに来たんだ」

「……どういうことだ。お前の弟、アクアズの毒で病気なんだろう?」


 希和から「結樹さんに合うと思った」と言われた、男性的なややキツめの口調。それはデフォルトというより、詩葉や希和くらいにしか向けていなかった口調のはずだったが、他の人にとってもイメージとして定着してしまっていたらしい。誤算ではあるが、前向きに取られているならオーライだろう。


「ああ。だから簡単に許そうとかは思っていないさ。それでも、この子に言われて気づいたんだよ。アクアズの力は役に立つ。ここで恩を売っておけば、きっとあいつらだって協力する気になるさ」

 決心したらしいライズの回答に、沙由シーユが不安そうに訊ねる。

「けど……今までずっと、争ってばかりだったんだよ。そこから仲良くなんて、怖いよ」


 ギラハの手を引いて、陽向キーナが進み出る。詩葉の隣に陽向がいるのが、もう当たり前になっていた。自分にはない何かを持っていた陽向が詩葉を見つけてくれたことに、人知れず感謝を抱いていた――前は陽向から妙な視線を向けられていた気もするが、収まるべきところに収まったのが今なのだろう。

「彼女はね。泳げないのに、溺れかけていた私を助けてくれたんだよ。誰かを助けるための勇気が彼女にあったから、今の私があるんだよ……だから今度は、私たちが勇気を出す番」

続いて、頭を下げるギラハ。

「お願いです。私たちのこと、お互いのこと、どうか信じてくれませんか」


 ギラハから目を背け、タキは空を仰いで息を吐きだす。視線を逸らしたまま回答を始める。

「……作物を育てるには水が必要だから、近くの川や泉から引いてくるんだけどな。私たちは全く泳げないから、いつもヒヤヒヤしているんだ。泳げる人と一緒なら安心だろうとは、前から思ってた」

 承諾に向かい始めた流れを察してか、ズーイが声を上げる。

「ちょっと、タキさん?」

「お前だって水に落ちて泣いていただろう」

「今それ言います?」

 ズーイの間抜けな返答に、シーユが吹き出す。

「とにかくだ。本当にアクアズが協力してくれるなら、私たちにできる範囲で協力しよう」


 タキの回答に、ギラハの表情に笑顔が咲く――変わったことも多いけど、詩葉のその眩しさはずっと変わらない。

「ほんとですか?」

「その前に。私たちが何をすればいいのか、ちゃんと説明してもらうぞ」

 タキの催促に、キーナが進み出る。

「では、ここからは私が。考えてきた作戦をお伝えします!」


 暗転し、BGMの中で次への準備が始まる。クライマックス、全員での救出作戦だ。

 道具を準備して隊形を整え、照明の変化を待つ数秒。ふと、希和に視線が行く。彼がこちらを向く寸前に逸らす――今さら気づいたことが、照れくさいのだ。自分たちだけのこの物語が、こんなに楽しいなんて。

 

 照明が変わる。いつか希和と交わした引用を思い出す――各員一層、奮励努力せよ。

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