#8 それぞれの景色 / 加藤 由那
馴染んだ後輩たちが、全く違う世界の住人として目の前に生きている――他の舞台鑑賞とも、これまでの彼らの演奏とも違う、不思議な味わい。見せてくれて良かったという賛辞と、自分もそちら側で歌ってみたかったという羨望を抱きながら、由那はステージを見つめ続ける。
幻想的なBGMと共に、ステージの人員が入れ替わりオブジェが運ばれる気配。青い光が映し出したのは、先ほど流されたアクアズの三人だった。
「ザッカ、もういいよ。少し休みなさい」
「そうだよ。まだ龍がいるかもしれないんだよ」
「流された挙げ句、龍に襲われて、こんな所に閉じ込められるとは……」
「あそこで龍に捕まらなかっただけ、ラッキーだったよ! けど、どうやって出ようね?」
「何とかして退かすしかないだろ……けどこんなの、グランズでもないと退かせないんじゃないか?」
それぞれのやり取りから、アクアズのこれまでの経緯と現状が示される。自力での脱出は困難、しかし外からの助けは望めない――そこにギラハたちが駆けつけるという、読めていた話の筋で合っていたらしい。
「諦めるのは早いよ。休んだら力だって戻ってくるはず」
母親らしいハヅマの元気づけは、しかし根拠のない楽観にすぎない。それを察してか、ゼッキーがぽつりと呟く。
「……もし、他の種族とも仲良くしていたら。こういうときに助けにきてくれたのかな」
芝居なんて、入部当時の藤風だったら到底やりたがらなかったと思うが。真剣に役を楽しんでいるのが横顔から分かった。何にだって手を出すと張り切っていた姿勢は健在らしい。福坂の台詞が少なめなのは、誰の采配だろうか。
「そんなに甘いものじゃないわよ。あれだけ自分たちのことしか考えてこなかった私たちが助けられたとしたら、何を返しても返しきれないじゃない。ただ、もう神様の怒りに触れないように、暮らしを変えなきゃいけないのも事実」
冷静に答えていたハヅマ。しかし、不安がぶり返したかのように、頭を抱えだす。
「ああ、ギラハ……ひとりっきりで、大丈夫かしら……」
面識はないが、さすがは演劇部の子だ。想定外に襲われるリーダーと母親、キャラの感情を読み取りやすい――心配を向ける側だった娘に助けられる、その逆転の布石だろう。
そういえば、母がいるなら父は――浮かんでしまった疑念を打ち消す、その手の突っ込みは無粋だ。しかし終演後の希和と戯れる材料にはなるかもしれない、心の片隅にしまっておく。
「とにかく抜け出さないと、けど……」
項垂れるザッカの横で、ゼッキーが急に立ち上がる。
「――あれ?」
「どうしたの?」
ハヅマの問いかけに首を捻りながら、ゼッキーは目を凝らす。
「今、あっちに誰かいたような……気のせいか」
再び、舞台転換。鳥の声と木々のささめき、座り込むカッタ。ウィングスの住処だ。
「お待たせしました!」
カゴを手にしたギラハが現われ、中身をカッタに見せる。
「薬草って、これで合ってますか?」
「そう、これだよ。すまないね、こんな慣れない所で」
「いえいえ、お願いしにきたのは私ですし」
光を浴び、別世界の妖精となる詩葉。出会ったときは、やる気と明るさは十二分ながらも、不器用でどこか不安定なところが心配な後輩で。和可奈が根気よく指導するのを見ながら、その澄んだ声がもっと磨かれていくのが楽しみだった。
そして今。きっと外から推量する以上にハードルの高いミュージカル、その中心を詩葉は見事に演じていた。思い出深い後輩の輝きは素直に嬉しくて、その歌声が誇らしくて――けど、同じ舞台で並んでいたら。自分にしかないと思えていた光さえ霞んでしまうかもしれない、それが怖いだなんて。仲間にそんな感情を抱くことに、自分でも驚いていたが。
物語は続く。カッタの病気の原因について、ギラハが話を切り出した所だ。
「カッタさんの病気って、私たちの毒のせいなんですよね?」
「そう、アクアズの狩り場の下流で水を飲んでしまってね。兄さんたちには止められていたのに……けど君は、狩りはしていなかったんだろう?」
「はい、泳げないので」
「それなのに、君はキーナを必死に助けてくれた。それだけで、兄さんたちが君を助けるには充分だよ」
なおも暗い表情のままのギラハを勇気づけるように、カッタは元気よく続ける。
「それにさ。こんなに迷惑かけられたんだから、ちゃんと謝ってもらわないと気が済まないっての!」
「……はい! 助けて、ちゃんと謝ってもらいましょう!」
そこへ、捜索に出ていたウィングスたちが戻ってきた。
「ダーズ、見つけたか?」
「僕は見てないです。ライズさんも?」
「俺も違った、じゃあキーナか……お、あいつも来たな」
報告を交わすライズとダーズ、さらにキーナも戻ってきた。
「お待たせ、見つけたよ!」
「ほんと、どこに?」
ギラハが顔色を変えて駆け寄る。
「南の方、谷間の先にある洞窟。崩れた岩に閉じ込められていて……近くに、龍の巣があった」
「龍だと……?」
ライズが険しい顔で聞き返し、キーナは頷く。
「そう、龍。眠っている隙に忍び寄って、ギリギリ見えた感じ。龍を引きつけるくらいなら私たちウィングスにできそうだけど、あの岩を退かすのって相当に難しいし……」
キーナの推測に、ダーズが提案する。
「岩ってことは、グランズがいれば何とかなるんじゃ? あの人たち、力仕事は得意でしょ?」
しかし、ギラハは申し訳なさそうに首を振る。
「先にお願いに行ったんですけど、断られてしまって……」
そんなギラハの肩をライズが叩き、目線を合わせて笑いかける。空詠という一年生、イケメンというかキザな仕草が本当に似合う……後でまた仲良くなれたら。
「俺が行けば変わるだろう。前に仕事を手伝ったこともあるんだ、任せなよ」
「……はい、お願いします!」
笑顔で答えたギラハを中心に、彼らはステージの下手側へと歩いていった。
ここから先ほどのグランズも加わり、団結して救出に向かうということだろう。仲の良い彼らが対立した役柄を演じている面白さもあったが、やはり共に立ち向かう姿は熱い。
ふと、隣に座る和可奈の横顔に目をやる。シナリオとしてはこれからが山場のはずだが、既に和可奈の目には涙が光っていた。後輩のこととなると涙腺がユルユルになるのは、もうおなじみだった……自分もその気持ちが分かってくるようになるのは、少し意外だったが。
心中は分からないけど。私の知らない痛みもあるんだろうけど。
君たちが共に、真摯に取り組む姿が。今の私には、愛しくてたまらないんだよ。
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