#6 飛べない理由/伊綱 空詠

 詩葉に続いてグランズの面々が戻ってきた所で、空詠たちウィングスが舞台へ出る。

 

 演劇部の先輩である樫井を中心にデザインされたウィングスの衣装は、細身のパンツとマントにスニーカー。そして目元に鳥を思わせるラインを引いてある。服を貸してくれる、あるいは古着を提供してくれる知り合いを探したり、安い材料から衣装に仕上げていくのも面白い体験だった。ただ、空詠がいま着用しているスキニーやベルトは、今後もプライベートで使うべく自前で購入したものだった。ファッションに金を掛けるのはそれほど気が進まないが、和海が勧めてくるものは何となく断りにくい。


 暗い中で位置につく。伊綱空詠という少女ではない誰かに、何かになりたい――漠然と抱えてきたその願いが叶う場所は、板の上で合ってた。


 照明が点く。鳥の声と緑のホリゾントを受けて、空詠ライズは語り出す。

「晴れた空」

 

 下手側の希和ダーズ、眼鏡に手を添えて遠くを見渡す。

「広がる緑」


 上手側の陽向キーナ、くるりと回ってマントの赤を見せつける。

「心地いい風」


 アカペラで始まるメロディは、チャイコフスキーの「くるみ割り人形」より「行進曲」。

 金管が歌う小気味よいリズムに合わせ、ライズは語りかける。


“さあ、翼を、はためかせて。祝福の風を受けて”


 続いてストリングスが奏でるフレーズに合わせ、キーナとダーズも合わせて三人でのハーモニー。


“空に上がったなら山も川も越えて

どこにだって探しに行けるのさ”


 和音の中でステップを踏む。音楽番組を観ては身体を動かすことの多い和海と違い、空詠はダンスにはそれほど興味はないつもりだったが。物語を表現するための身体の動きなら、自然と思いついてしまうのが不思議だった。


“大空を自由に、何にも遮られず”

“空には鳥を、森には木の実を

集めて家へと帰るのさ”


 歌い終わった所で、ライズは仲間へ声を掛ける。

「じゃあみんな、それぞれの担当に」

「僕は山へ」

 肩を回しながら答えるダーズ。

「私は狩りへ」

 弓を引くような仕草と共に答えるキーナ。

「俺は森へ。みんな、幸運を!」

 ライズの鼓舞と共に、身を翻して駆け出す。


 ウィングスたちが捌けた所で暗転、時間経過を知らせるSEの中、入れ替わるように樫井カッタがステージに出て腰を下ろす。ライズとカッタの血縁関係を表わすために、二人とも同じ緑のマントをまとっていた。


 照明が点き、ウィングスの拠点で何やら調合らしき作業を行っているカッタが登場する。空っぽのお椀とすり棒をいじっているだけと分かっていても、真剣そのものである横顔には見入ってしまいそうだった。


 そこへダーズと共に帰ってきたライズが、カッタに駆け寄る。

「ただいま。お待たせカッタ、薬草を持ってきたよ」

 元は性別は決まっていまかったが、敢えて「兄」にさせてもらった。男役らしい声を出すのは思っていた以上に難しかったが、今では普段以上に愛着の湧く声になっていた。


「ありがとう兄さん。ごめん、いつも僕のために」

 立ち上がって礼を言いながらも、途中で咳き込むカッタ。

「いいんだ。悪いのは、毒を流したアクアズだ」

 空詠に出せる限界の低いトーン。ダーズも渋い顔で相槌を打つ。

「アクアズねえ、泳ぐのを眺めてるのは好きだったんですけど……遠くにいって安心です」

 希和は常体より丁寧語の方が喋りやすいということで、ダーズをウィングスの中でも後輩役に設定していた。先輩が敬語という逆転が、不思議と似合ってしまうのが彼らしさなのだろう。


 そこへ、ギラハを連れたキーナが駆け込んでくる。

「ねえ、みんな聞いて! アクアズが川に流されちゃって、大変なんだって、助けて――」

 まくし立てるキーナを遮るように、ライズは声を荒げる。

「なんでアクアズなんか連れてきたんだ!」

 怯えるカッタを背に庇いながら、ライズは非難を続ける。

「こいつらが川に毒を流していた所為で、カッタは飛べないんだぞ」


 思わぬ痛ましい事実に顔を覆うギラハと、構わず言い募るキーナ。

「この子の所為じゃないもん! 私だって昔アクアズがやってたことは憎いけど、今困っている人なら助けないと」

 カッタも拒絶を続ける。

「辞めてくれキーナ。俺たちはアクアズには関わらないって決めたんだ」

「でも、」

「もう良いです!」

 キーナの腕を引きながら、ギラハは叫ぶ。


「迷惑かけた皆さんに、私たちが助けてもらおうなんて、間違っていました。大丈夫です……一人でやります」

 目を伏せて走り去っていくギラハを、

「ギラハ、待って!」

 キーナがすぐに追いかけていく。


「……どうします?」

 困ったようにダーズが呟いた。

「放っておくさ。キーナの気が済むまでやらせておけばいい……あの子だって、意地を張りたい理由はあるんだ」

 再び咳き込むカッタを支えながらライズは答え、舞台は暗転する。

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