#5 横暴の代償 / 清水 礼汰
直前のシーンが終わるのを待ちながら、清水は衣装に乱れがないが確認する。和海が中心になって考えたグランズの共通衣装は、丈の長いトップス、ゆったりとしたボトムスに長めの靴。顔にはひげメイクをし、大柄な哺乳類をイメージさせようというコンセプトだ。
その中でもひときわ悪目立ちしそうな、金髪のグラサン男が清水である。笑われるイメトレはした、どんと来い。
「それでも、行かなきゃ!」
「じゃ、蹴ってきます」
「かましといで」
希和と拳を合わせ、清水は暗転した舞台へと出る。位置につき、ホリゾントが黄色くなるのに合わせて演技を始める。
グランズの特性は頑強な身体、生産手段は耕作。
「さあ、今日も仕事の時間だ」
「この広い原っぱ、頑張って耕すよ!」
元気な声を上げる
原曲はベートーヴェンの交響曲第6番「田園」。「悲愴」に続きベートーヴェン続きなのがクラシック初心者ともいえるが、メジャーすぎるくらいがちょうどいいだろう。
“注ぐ太陽に微笑む土に
豊かな実り、咲き誇るように”
小道具を交えた農作業の振りと共に、三部のハーモニーを奏でていく、口に馴染んだ希和の歌詞、要所で踏まれる韻。
“荒れ野を拓いて種を撒くのさ
大地を友とし額に汗し”
一周した所で、
「よいしょっ! あ、綺麗な花!」
寄り道をするナミナに、タキの注意が飛ぶ。
「こらナミナ、手が止まってる」
「はいはい、仕事仕事!」
そこへズーイも追い打ちし、タキに突っ込まれる。彼もいわゆる「嫌なヤツ」枠である。
「は、怒られてやんの!」
「おいズーイ、お前も調子に乗るな」
トーンを上げてキツめに。声質が近い声優やラッパーを聴きまくり、自分の声を録音しながら調整を重ねてきた。
先ほどのコーラスを繰り返した所で、ギラハが駆け込んでくる。
「あの、グランズの皆さん!」。
「誰、敵!?」
見慣れない来訪者を怖がり、ナミナの背に隠れるシーユ。
「敵っていうか……アクアズじゃね?」
ズーイの推測に、タキも頷いた。
「そうだな。どうした、アクアズの娘」
文面こそ受け容れの形だが、声色には明らかに拒絶が滲んでいた。
「あの、アクアズのみんなが、川に流されてしまって、帰ってこないんです」
緊張しながらも話しだしたギラハ。相槌を打つのは、オープン気質のナミナだ。
「流され……大雨とかはなかったよ?」
「神様です。川の神様の怒りに、触れてしまったんです」
大筋を把握したらしいタキが、投げやりに問う。
「なるほど……それで、助けてほしいとでも?」
「はい、そうなんです!」
要求が伝わったことに喜色を浮かべるギラハ。
「お断りだ。悪いが自分で何とかしたまえ」
しかし、タキは迷うことなく拒絶を口にした。
「でも、私は泳げなくて……」
なおも食い下がるギラハへ、タキは詰め寄って胸ぐらを掴む。身長差や表情の違いも相まって、力関係がはっきりと分かる構図だった。詩葉にとってはご褒美のような間合いのようだが、今の眼差しは怯える少女そのものだった。
「なあ。アクアズはこれまで、何をしてきた?」
「それは……でも!」
被せるように、タキがアカペラで歌い出す。
“川に毒を放ち”
原曲はブラームスの「ハンガリー舞曲 第5番」。
“母なる大地を汚し”
他の三人も歌に合流し、伴奏もフェードイン。立ちすくむギラハを取り囲む。
“我らの恵みを”
締めの二小節、タキの台詞。
「踏みにじったお前達を、どうして助けなくちゃいけない?」
伴奏の音数が増すのに合わせ、ホリゾントが赤く染まり、四人のコーラスもボリュームが上がる。
“その傲慢を、忘れはしない
その横暴を、許しはしない”
「けど、このままじゃ、みんなが!」
肩を縮こまらせながら懇願するギラハ。
管弦で奏でられていた曲に、突如としてターンテーブルのスクラッチ音。そこにフェイクを填めながら、ズーイはギラハに詰め寄る。
近づいて改めて分かる、目線の高さの違い。異性に近づいていいと思えるギリギリの間合いから、さらにもう一歩。唾が飛んだら後で土下座だ、今は近すぎるくらいでいい。
「ディスといえばラップの出番だし、だったらキヨくんが似合うかなって。だから嬉しかった」
キャスティングが決まった後、希和に言われたのを思い出す。去年ステージで抱いた願いは、思っていたよりも早く形になった。希和も同じ願いを抱いてくれた。
何も後悔させません。どこか足りない同士で、誰にも負けない活かし合いができたんだって、貴方にも思ってもらいたいだ。
“いいか聞きな”
八小節、清水のラップの独壇場。任せてくれた言葉を、一つも無駄にしないように。
“あんたらを罰したのは神様、
悪が苦しんだ? は、ザマあ!
迷惑かけた俺らに今更
頼ってくるアンタは何様”
ギラハに突きつけるように、ときには客席に同意を求めるように。身体の向きを変えながら、ギラハの願いを弾劾する詞を放つ。
“俺たちの暮らしに、アンタらは邪魔
辛いかい、そりゃご愁傷さま
だが敵のピンチくらいで
命かける奴はいないんだよバーカ!”
仕上げにギラハを突き飛ばす。触れるのも怖い華奢な肩へ突き出した手、詩葉は練習通りに後ろに転んだ。痛い着地はしなかったらしいことに安堵する。
“その傲慢を、忘れはしない
その横暴を、許しはしない”
再びのコーラスに続き、尻餅をついたままのギラハをタキが引き起こす。
「分かったなら、さっさと行きたまえよ」
突き放されたギラハは、堪えかねたように走り去る。
そこへ原曲の終わりのフレーズが響き、舞台は暗転した。
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