#5 横暴の代償 / 清水 礼汰

 直前のシーンが終わるのを待ちながら、清水は衣装に乱れがないが確認する。和海が中心になって考えたグランズの共通衣装は、丈の長いトップス、ゆったりとしたボトムスに長めの靴。顔にはひげメイクをし、大柄な哺乳類をイメージさせようというコンセプトだ。

 その中でもひときわ悪目立ちしそうな、金髪のグラサン男が清水である。笑われるイメトレはした、どんと来い。


「それでも、行かなきゃ!」

 詩葉ギラハの最後の台詞が終わった所で、隣にいた希和に囁く。

「じゃ、蹴ってきます」

「かましといで」

 希和と拳を合わせ、清水は暗転した舞台へと出る。位置につき、ホリゾントが黄色くなるのに合わせて演技を始める。


 グランズの特性は頑強な身体、生産手段は耕作。清水ズーイは鍬を片手に身体を伸ばす。


「さあ、今日も仕事の時間だ」

 結樹タキが号令をかける。黒一色のコーデにシルクハットが、結樹のクールな佇まいに映えていた。

「この広い原っぱ、頑張って耕すよ!」

 元気な声を上げる沙由シーユ。HumaNoiseライブで「可愛いを演じる」ことに吹っ切れたらしい沙由は、フリルブラウスやピンクのズボンなど、アイドル系に振ったコーデを選んでいた。


 原曲はベートーヴェンの交響曲第6番「田園」。「悲愴」に続きベートーヴェン続きなのがクラシック初心者ともいえるが、メジャーすぎるくらいがちょうどいいだろう。


“注ぐ太陽に微笑む土に

豊かな実り、咲き誇るように”


 小道具を交えた農作業の振りと共に、三部のハーモニーを奏でていく、口に馴染んだ希和の歌詞、要所で踏まれる韻。


“荒れ野を拓いて種を撒くのさ

大地を友とし額に汗し”


 一周した所で、和海ナミナが列を外れる。タンクトップにオレンジのマフラーと、和海はアクティブな印象を醸していた。

「よいしょっ! あ、綺麗な花!」

 寄り道をするナミナに、タキの注意が飛ぶ。

「こらナミナ、手が止まってる」

「はいはい、仕事仕事!」

 

 そこへズーイも追い打ちし、タキに突っ込まれる。彼もいわゆる「嫌なヤツ」枠である。

「は、怒られてやんの!」

「おいズーイ、お前も調子に乗るな」

 トーンを上げてキツめに。声質が近い声優やラッパーを聴きまくり、自分の声を録音しながら調整を重ねてきた。


 先ほどのコーラスを繰り返した所で、ギラハが駆け込んでくる。

「あの、グランズの皆さん!」。

「誰、敵!?」

 見慣れない来訪者を怖がり、ナミナの背に隠れるシーユ。


「敵っていうか……アクアズじゃね?」

 ズーイの推測に、タキも頷いた。

「そうだな。どうした、アクアズの娘」

 文面こそ受け容れの形だが、声色には明らかに拒絶が滲んでいた。


「あの、アクアズのみんなが、川に流されてしまって、帰ってこないんです」

 緊張しながらも話しだしたギラハ。相槌を打つのは、オープン気質のナミナだ。

「流され……大雨とかはなかったよ?」

「神様です。川の神様の怒りに、触れてしまったんです」

 大筋を把握したらしいタキが、投げやりに問う。

「なるほど……それで、助けてほしいとでも?」

「はい、そうなんです!」

 要求が伝わったことに喜色を浮かべるギラハ。


「お断りだ。悪いが自分で何とかしたまえ」

 しかし、タキは迷うことなく拒絶を口にした。

「でも、私は泳げなくて……」

 なおも食い下がるギラハへ、タキは詰め寄って胸ぐらを掴む。身長差や表情の違いも相まって、力関係がはっきりと分かる構図だった。詩葉にとってはご褒美のような間合いのようだが、今の眼差しは怯える少女そのものだった。


「なあ。アクアズはこれまで、何をしてきた?」

「それは……でも!」

 被せるように、タキがアカペラで歌い出す。


“川に毒を放ち”


 原曲はブラームスの「ハンガリー舞曲 第5番」。


“母なる大地を汚し”


 他の三人も歌に合流し、伴奏もフェードイン。立ちすくむギラハを取り囲む。

“我らの恵みを”

 締めの二小節、タキの台詞。

「踏みにじったお前達を、どうして助けなくちゃいけない?」


 伴奏の音数が増すのに合わせ、ホリゾントが赤く染まり、四人のコーラスもボリュームが上がる。


“その傲慢を、忘れはしない

その横暴を、許しはしない”


「けど、このままじゃ、みんなが!」

 肩を縮こまらせながら懇願するギラハ。


 管弦で奏でられていた曲に、突如としてターンテーブルのスクラッチ音。そこにフェイクを填めながら、ズーイはギラハに詰め寄る。


 近づいて改めて分かる、目線の高さの違い。異性に近づいていいと思えるギリギリの間合いから、さらにもう一歩。唾が飛んだら後で土下座だ、今は近すぎるくらいでいい。


「ディスといえばラップの出番だし、だったらキヨくんが似合うかなって。だから嬉しかった」

 キャスティングが決まった後、希和に言われたのを思い出す。去年ステージで抱いた願いは、思っていたよりも早く形になった。希和も同じ願いを抱いてくれた。

 何も後悔させません。どこか足りない同士で、誰にも負けない活かし合いができたんだって、貴方にも思ってもらいたいだ。


“いいか聞きな”


 八小節、清水のラップの独壇場。任せてくれた言葉を、一つも無駄にしないように。


“あんたらを罰したのは神様、

悪が苦しんだ? は、ザマあ!

迷惑かけた俺らに今更

頼ってくるアンタは何様”


 ギラハに突きつけるように、ときには客席に同意を求めるように。身体の向きを変えながら、ギラハの願いを弾劾する詞を放つ。


“俺たちの暮らしに、アンタらは邪魔

辛いかい、そりゃご愁傷さま

だが敵のピンチくらいで

命かける奴はいないんだよバーカ!”


 仕上げにギラハを突き飛ばす。触れるのも怖い華奢な肩へ突き出した手、詩葉は練習通りに後ろに転んだ。痛い着地はしなかったらしいことに安堵する。


“その傲慢を、忘れはしない

その横暴を、許しはしない”


 再びのコーラスに続き、尻餅をついたままのギラハをタキが引き起こす。

「分かったなら、さっさと行きたまえよ」

 突き放されたギラハは、堪えかねたように走り去る。


 そこへ原曲の終わりのフレーズが響き、舞台は暗転した。


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