#3 正しさを振りかざして / 浜津 真子
ゼッキーを追い出したハヅマに、ギラハの不安げな声がかかる。
「お母さん……」
演技の経験は少ないらしいが、詩葉の台詞には実感がこもっている。実際に両親とは上手くいっていないことも、少しだけ話に聞いていた。
それらを受け止めた上で、浜津は「自らの正しさを疑わない母親」になる。自分たちを閉じ込める「正しさ」を、優しい声で振りかざす。
「大丈夫、私の子なんだから、きっと泳げるわよ」
そんな理屈あるか、血筋をなんだと思っているんだ。
「うん、頑張る……けど、昔は溺れちゃったし」
冒頭、キーナとの場面。ギラハは飛び込んでからハヅマに助けられるまでの記憶を失っており、キーナを助けられなかったと思い込んでいるのだ。
「それはまだ小さかったからよ。少しずつで良いの」
できないという可能性の排除。それが成長につながることもあるのだろうが、誰かにとっては暴力にもなりうる――というのは、様々な事例を聞いてきた今なら察しがつく。
そして、ギラハの疑問は続く。
「……お魚さん、食べる以上に狩るの、可哀想だよ」
食料調達のためだけでなく、競技の一種になっていたアクアズの狩り。アクアズの傲慢さを表し、毒を使う理由にもなる行為なのだが。
「私たち以外にも、水に暮らす生き物はいるんだから。アクアズは弱いって思われたら、攻めてきちゃうかもしれないじゃない」
示威としての狩りという、希和による理由づけにも妙な現実味があった。
「みんな、そんなことしない」
「言うこと聞きなさい」
叱るのではなく諭す、厳しさよりも優しさ、だからこそ質が悪い「正しい」の押し付け。
「私たちはずっとそうやって、自分の暮らしを守ってきたんだから……甘いこと言ってちゃ、生きていけないんだよ」
「……分かったよ、お母さん」
「ええ、いい子」
ギラハの頭を撫でる。詩葉の髪は綺麗で、振れると同性でもドキッとしてしまう――そう言ったら、陽向にすごい目で睨まれたが。あの子の独占欲はなんなんだ、さっぱり分からない。
立ち去るハヅマの後ろで、ギラハが呟く。
「そうだよね、泳げないから、あのときも助けられなかったんだよね……」
上手から捌け、裏で待機する部員たちと共に、詩葉の独唱に聞き入る。曲は冒頭でも使われた「白鳥」だ。
“遠いあの日のこと、溺れた誰かのため
飛び込んだ私は、すぐに気を失って”
ふと、希和に視線が止まる。それほど長く一緒に過ごした訳ではないが、彼が詩葉に特別な感情を抱いていることはなんとなく察しがついていた。とはいえ詩葉は……好意はあるのかもしれないが、少なくとも彼氏に向ける目はしていない、今はまだ片想いなのだろう。
好きな女の子が自分の書いたシナリオの中心を演じる、それはなんとも甘酸っぱい青春なのではないだろうか。ちょっとだけ応援してますよ、先輩。
“助けにきたお母さんに、ひどく叱られた
それからずっと、泳ぐのは怖いまま”
歌の終わりに合わせて、アクアズは再び舞台へ。同時に、神セイドを演じるべく、他の部員も隊形を整えていた。
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