#2 傲慢な狩人 / 藤風 明

 陽向と詩葉が捌けた所で、藤風たちアクアズは下手から舞台へと出る。

 アクアズの衣装はロングスカートとストールで、流れるようなフォルムになっている。足のサンダルも加えて、水のイメージは湧きやすいだろう。さらに頬から首筋に、鰓のようなラインを引いている。


「それからまた、季節は巡り」

 空詠のナレーションに続き、明転。それに合わせ、藤風ゼッキーはくるりと回ってガッツポーズ。

「さあみんな、狩りの時間よ!」

 リーダーの浜津ハヅマの掛け声に、ゼッキーも続く。

「誰が狩り上手か、競争だよ!」


 波の音と共に流れ出すのは、シューベルトの「軍隊行進曲」。鈴海が目印に加えたドラムスのフィルに合わせ、三人の声を揃える。


“逃さないぞ、戦いの、覚悟を決めろよ、魚たち”

 イントロをユニゾンしてから、ゼッキーは「レッツゴー!」と叫んでステップ。続けて福坂ザッカは「推して参る」と渋く決める。福坂はスカート着用にだいぶ戸惑っていたようだが、弦賀から借り受けた黒のロングスカートはよく似合っていた。


“水の中は、我らの天下。ひとたび泳げば、誰より速いのさ”

 藤風は途中でメロディを外れ、逆サイドへ移動。歌の終わり際に合わせ、「食らえっ!」と叫んでから、攻撃を表わすハンドスプリング――足を伸ばして着地、決まった。赤いストールと金のウィッグもよく映えていたはずだ。ダンスやトリッキングの練習を続けていた甲斐があった、聞こえるどよめきに快感が走る。


“鍛えた技と、秘伝の毒で、この川の獲物を狩り尽くせ”


「どうよ、ウチ?」

 獲物を仕留めたゼッキーの台詞は、技を決めた藤風の本音でもあった。

「強くなったね、ゼッキー!」

 褒めるハヅマの後ろ。遅れて出てきたギラハが、離れたままおろおろとしている。やる気がないのではなく「泳げない」ことがすぐ伝わる仕草、詩葉も随分「見られ方」が上手くなっていた。


 そんなギラハを置いて、水中の三人は再び歌い出す。先ほどのフレーズを繰り返したところで、ハヅマがギラハを呼ぶ。

「さあギラハ、あなたも飛び込んできなさい」

「ダメだよお母さん、また溺れちゃう」

 

 ハヅマはギラハの母だ。台詞だけでなく、ストールを水色に揃えることで血縁を表わしている。演技以外でも先輩に「お母さん」と呼ばれる浜津の、満悦そうな表情が脳裏をよぎる。


「私の娘なんだから泳げるはず。さあ、やってみないと分からないわよ」

「でも……うん、行くね!」


 伴奏がフェードアウトする中、意を決して飛び込むギラハ。ステージの上段から飛び降りた詩葉は、膝をついて手をバタつかせる。


「ほらほら、頑張れギラハ!」

 ゼッキーも声をかける。励ましではなく煽るように――気の合わない兄を思い出しながら。溺れたままのギラハを見かね、ハヅマが助けに入る。その様子を眺めながら、ザッカが傲然と言い放つ。

「ふん、アクアズのくせに情けない」

 

 暗転。詩葉を残して捌けた藤風は、再び下手側で待機。舞台において、上手から下手への移動はポジティブな意味を持つらしい。この時点でのアクアズは悪役寄りのため、登場は下手からに統一している。


 抑えた照明の中、流れ出すのは「チャルダッシュ」、数年前のフィギュアスケートで聞き覚えがあった曲だ。悲壮感の漂うメロディに乗せ、ギラハの独白が始まる。


“どうして、私はこの場所に、生まれてしまったのかな

泳げも、飛べもしないで、弱い手足は、何にも使えない”


 入部したときから、詩葉の声は子供っぽいけど綺麗だと思っていた。しかし当初は細かい音程の調整が苦手で、藤風よりも頻繁に和可奈の手を焼かせていたように思う。

 しかし今では、お手本のように丁寧に、ときにエネルギッシュに高音を響かせるようになっていた。今でも、苦悩する妖精の心をそのまま写したかのような、弱々しくもハッキリと聴こえる歌になっていた。同じパートの同期として、素直に眩しい。


“このまま、要らない子になって、捨てられるだけの命なのかな”


 作り物のはずだが、どことなく詩葉自身の苦悩も重なるように見えた。部活の外ではそれほど交流はないが、以前は色々と悩んでいる気配がしたのだ……陽向と一緒にいるのが増えた頃からは前向きになっており、こっそりと胸を撫でおろしていたのが懐かしい。


 そんな詩葉の努力に応えるべく、藤風は自分の役回り、つまり「イヤな子」を全うする。勢いよく舞台へと歩みでる。


「ねえねえギラハ!」

「な、なに? ゼッキー」


 藤風のターン、めまぐるしいバイオリンの速弾きをなぞるように。


“なんでずっと出来ないまま、みんなの獲物を分けてもらって平気なの?”


 音程は覚えつつも意識しすぎず、ラップに寄せて十六分のリズムで言葉を刺していく。オーディションで争った和海なごみにも見せつけるように、Sっぽい声色とポージングを組み合わせる。


“自分の分さえ狩れない奴ならアクアズ出て行っていいんじゃない?”


 希和が入ってきた頃、上達の遅い彼に内心でイライラしていたことが頭をよぎる。今だって好きとは言い難いが、彼だって格段に成長したのは認めているつもりだ。何より、自分にこんな歌い方ができるなんて、彼がいなければ知らなかったかもしれない。


“できるウチらの邪魔しないでよ、ねえ、どうなの?”


最後は思いっきりイヤミに。感じる自分への注目、悪役として暴れるのは思っていた以上に気持ちがいい――また演じることがあるとも思えないが。


「そんな……ここにいさせてよ、アクアズに生まれたんだもん」

 怖がりながらもまっすぐに言い返すギラハ。

「生まれとか関係ないしー、泳げないだったらアクアズじゃないでしょ」

 こんな言い方する女子、小学校に居たような……自分は違うとも言い切れないか。

「けど、私……」


 俯いて黙り込んでしまったギラハに、さらにゼッキーは追い打ちをかけようとするが。


「そこまでよゼッキー。ギラハのことは私に任せなさい」

 やってきたハヅマに制止される。

「ちぇっ、はいはーい」

 帰り際にギラハへ舌を出しながら、上手へ捌ける――終わった、思わず息をつく。


 待機していた結樹ゆきが、やったなと言うように親指を立てる。ウインクを返してから、次の出番になるまで舞台に耳を澄ませる。


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