#1 はじまりの勇気 / 柊 詩葉

 詩葉うたはは舞台袖の上手側に待機しながら、会場のざわめきに耳を傾けていた。

 開演と注意事項を八宵やよいがアナウンスする。撮影は許可しており、部で残すものは松垣まつがき先生にお願いしている。アナウンスが終わり数秒後、ブザーが鳴り照明が落ちていく。

 暗闇の中、各種族から藤風ゼッキー結樹タキ空詠ライズがステージへと歩み出る。


「それは、どこか遠くにある、自然豊かな世界のこと」

 幻想的な環境音に合わせ、浜津はまづのナレーション。

「かつて、三つの種族の妖精が仲良く暮らしていました。

 水中を泳ぎ回るアクアズ。逞しく大地を耕すグランズ。大空を飛び回るウィングス」

 説明に合わせて、サスペンションライトがシルエットを浮かび上がらせる。種族を特徴づける顔のメイクに加えて、衣装の方向も分かれているのだ。


「しかし、川で魚を捕まえていたアクアズは、あるときから毒を使うようになりました。

 自分たちには効かない、しかし他の種族には危険な毒です。その毒を巡って彼らは言い争い、やがて離れて暮らすようになりました」


 三人は一斉に身を翻し。グランズのタキとウィングスのライズは下手側へ、アクアズのゼッキーは上手側へと去っていく。隣で待機していた陽向と一瞬だけ目を合わせて頷く。浜津とすれ違うように出ていく陽向キーナを見送ってから、自分の出番に向けて気持ちを整える。


「そして、季節は巡り」


 暗闇の中、キーナがステージの上段へ。そしてホリゾントは空を表わす水色になる。


「よし、大丈夫、私は飛べる……行け!」

 赤いマントが広がり、翼と風の効果音。そして「動物たちの謝肉祭 『白鳥』」が流れ出す。サン=サーンスの旋律、鈴海の打ち込み、希和の歌詞、陽向の声。


“風の歌と戯れ、お日様の笑みを乗せ”


 風に乗るように揺れる身体、清らかなソプラノ。会場の空気が染まっていくのは、きっと私の思い込みだけじゃない。

“水も土も軽やかに、越え――えっ!?”

 音楽が止まり、ホリゾントは赤に染まる。一変した空気の中、キーナはフラフラともがく。

「あ、ダメ、いや、キャーーッ!」

 落下音、金切り声、着水音。一拍開けて、水を叩く音――今だ、ギラハはステージへ躍り出る。


 照明と視線、一瞬だけ身が竦みそうになるが、すぐに平常心に戻る。大丈夫、こんなに好きな仲間と、あれだけ重ねてきた練習がついてる。


「どうしよう、誰か助けてあげないと」

 辺りを見回すが、誰も見当たらない。

「私じゃ泳げないよ……けど、」


 もがいているキーナを見て、息を吸い込む。

「行かなきゃ!」


 右手を前に突き出し、着水音と共に暗転。狂いなく合わせてくれた八宵と渋永に内心で賞賛を送りながら、陽向と共に下手へと捌けていく。一瞬だけ目を合わせ、成功を確認。今はそれだけで充分だ。

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