音楽劇「はぐれ妖精の冒険」
#0 幕が上がる前に
「だから
「大丈夫よ、言わないだけで色々考えてるもん沙由ちゃんは。うちの
卒業して二年目。ここで過ごしていた三年間に、大学で過ごした日々の長さが徐々に追いついてくる。安心感よりも、どこか他人行儀な懐かしさが勝ってくる。直接交流のある後輩たちも今は三年生だ、「帰ってきた」という感覚でいられるのも今回が最後だろう。
とはいえ。
「――
ミュージカルの上演教室に向かう途中。馴染んだ声に、離れていた時間は一気に巻き戻されてしまう。見つけてくれた
「久しぶり。
髪こそ染めていないが、顔立ちや服装は随分と華やかになった。出会った当初の、外面も内面も閉じこもりがちだった彼女に比べると、気持ちいいくらいの変わりぶりだった。
「ええ、和可奈さんにカスタムしていただきました」
「カスタムしちゃいました、えっへん」
胸を張る和可奈。大事な後輩が同じ大学に来たことは、やはり相当に嬉しかったのだろう。
「出てった子たちは来れないんだったっけ?」
「そうそう。
確かに、地元に進学したならともかく、県外から応援に来る先輩というのは珍しい方だった。それも、割と遠い距離を。
「金なら出すから帰ってこいって、親がよく言うからさ。それにほら、香永もいるし」
嘘ではない。とはいえ、親交のあった一つ下のためならともかく、二年後になっても来ようとは考えていなかった。それでも来てしまったのは、想像以上に
「後はまあ、ミュージカルってのが気になったのも確かだね。
「そうそう、まれくんがシナリオで
曖昧にして流そうとする和可奈。ひょっとして、彼女も希和から何か聞いていたのだろうか。
「そういやあの二人、結局何かあったんすかね?」
天然なのか敢えてなのか、直球で話題を続ける中村。
「まあ、あの空気だと何もなかった訳ではなさそうですけど……」
由那の言う通り。希和が
「付き合ったかどうかはともかく、仲よさそうなのは確かじゃないですか? ならそれ以上は本人に委ねようと思います、秘密にしておきたいみたいですし」
由那の結論に、和可奈も頷く。
「そうだね。余計な勘ぐりしないで、あの子たちが届けようとしてくれることをちゃんと観てあげよう」
その後、HumaNoiseで共演していた
自分がいなくなった後も、眩しく変わり続ける彼らの舞台に。安堵しながら、微かな羨望が胸の隅に疼いた。
*
「お待たせしました、希和さん完了です」
「ほんっとに申し訳ない……」
メイクを担当してくれた
「いえいえ……ただ、健康ドッグとか確実に地獄ですよね」
「だろうねえ、追加料金モノだよ……」
改めて鏡で仕上がりを確認する。これは確かに普段の自分からは、というよりも日本人男子の顔つきからは随分と印象が違う。ファンタジー世界の妖精を表現するためにはメイクが必要だという判断は、やはり正しかったようだ。
「みんな準備できたね、それじゃあ集合」
「さてさて。これからの二公演が、私たちの本番です。私たちにとっては繰り返しの果ての二回でも、多くのお客さんにとっては一回きりです。
私たちの努力が、魅力が、余さず届くように。集中して、けど楽しんで、舞台にしましょう――それでは」
手を重ねる。演劇部流の気合い入れだ。
「いつかのどこかにいる、誰かの世界を。今ここにいる、みんなの手で。
ここにしかない、心に向けて、」
「――届けましょう!」
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