Ⅴ-7 Girls in a holiday.

大型連休のある日のこと。


沙由さゆさん、こっちもどうですか?」

「あ、うみちゃん良いの見つけたね」


 陽向ひなたたちは、アパレルメーカーが並ぶ駅ビルへと繰り出していた。連休だし遊びに行こうという藤風ふじかぜの誘いに、合唱部からは陽向ひなた香永かえ、沙由、和海なごみが、演劇部からは浜津はまづ空詠そらえが応えた。

 色とりどりの洋服と気の置けない友人たちと共に過ごす、女の子の楽しい休日のモデルケースのような状況ではあるのだが。


「ほーら陽向、元気出す!」

「別に元気ない訳じゃないですよ」

詩葉うたはがいないと寂しいって、顔におっきく書いてあるよ?」

「うう~、着てほしい人がここにいないんです!」

 藤風の言う通り。塾の都合で来られなかった詩葉のことが、頭から離れないのだ。


「陽向が詩葉さんのこと引っ張ってるようでさ、実際は陽向の方が詩葉さんに頼りっきりだよね」

 呆れたように香永に言われる。

「自覚してるよ……けど香永こそ沙由にべったりじゃん」

「や、中学は別の部活だったし」

「うう……これじゃ私だけ重度の寂しがりみたいじゃん」

「……違うの?」

「浜ちゃんまで!」

 知り合って間もない浜津にまで言われる始末だった。


「だったら脳内で着せ替えしたらどうですか?」

 空詠の一言に、勢いよく顔を上げる。

「……空ちゃん名案」

「え、採用ですか? 半分くらい冗談だったんですけど」

 呆気にとられたような空詠の肩を叩いてから、脳内を切り替える。詩葉の脳内イメージならばっちりだ、顔だけでなくシルエットやサイズ感までも迷いなく思い描けるし、夜ごとファッションブランドをチェックしながら想像を膨らませているのだ。最近は胸の小さい女性に特化した下着ブランドも登場してきており、楽しみは順調に広がってきている。シンデレラ、いい響きだ。


 そんな詩葉の洋服事情というと、積極的な服選びはしてこなかった……というより、そこにも母親の寄与が大きいらしく。清楚で華やかすぎず、それでいて子どもらしいという方向性にまとまっていた。それはそれで非常に可愛いのだが、もっと冒険してみてもいいと思うのだ。オーバーサイズのアイテムでストリート風に行くもよし、ライダージャケットを中心にビシッと決めるのもギャップ萌えでスゴイ。勿論、思いっきりガーリッシュに振ってみるのも間違いない。


 詩葉の出で立ちを描きながらフロアを物色する陽向に、空詠が呟く。

「楽しそうで何よりですよ、陽向先輩」

「うん、そっとしておいて……」


 脳内ファッションショーで調子が戻った所で、改めて部員たちの服選びに参戦。

「しかし本当に似てないね、伊綱ツインズ……」

 藤風の言う通り、和海と空詠は雰囲気も服装も正反対だった。

「元々は空も私みたいな女の子路線だった……というよりお母さんがその方向だったんですけど。小学校の途中から、男子が履いてるみたいなズボンの方がいい、髪も長いの面倒くさいって言い始めて」

「別に海と同じのが嫌だったんじゃないですよ、自分に違和感あっただけで……海はよくそんなに面倒な生き方してるなって、隣で見ていて思います」

「これはこれで楽しいんだけどね、だからこんなにお店いっぱいある訳だし」


 話を聞いているに、空詠は「女性らしさ」に伴う手間が嫌いらしい。髪も短めだし、服装も機能的でシンプルだ。ボーイッシュさを意識していた陽子とはまた違った方向性……あるいは、女性であることに違和感を抱いているのかもしれないが、目に見えるレベルではない。


「それにしたって最近の空は地味すぎだよ、だから……ほら、こういうベルトとかさ。スキニーに合わせるだけで雰囲気変わるでしょ?」

「そうだね……うん、値段もいい感じだし、買おっと。そうだ、この色だったらさ、海が着なくなった白ブラウスあるじゃん?」

「あれ欲しい? いいよ、飽きたし」

 スタイルは正反対なりに、お互いの好みはしっかり把握しているらしい。空詠が合唱から演劇に転向したのを和海が素直に受け容れている辺りも、見ていて心地良い通じ合い方だった。

 


 一方の二年生組は。

「香永ちゃんスカートも似合うね、沙由ちゃんの言う通り」

「もっと言ってあげて、浜ちゃん!」

 香永が試着していたのは黒のマキシスカートだった。香永は物心ついたときからズボン一択だったらしく、高校でも基本はスラックスで通していた。「動きにくいし面倒」「そもそも私は女の子っぽさは要らない」というスタンスで、そもそも私服への頓着も薄かったらしいのだが、沙由にはそれが不満だったらしい。

「香永はもっと色んな服を着てほしい」という説得の元、これまで頑なに避けていたスカートを試してみると。スポーティーさ、あるいはワイルドさが目立つ普段とは一転して、大人びた印象になっていた。


「……なんかすっごい妙なんだけど」

 尤も、当の本人は違和感を拭えないようだが。

「大丈夫、大人っぽくてすごく似合う、私のためだと思って着てみてよ」

「分かった分かった」

 沙由の熱烈な説得に、とうとう折れたらしい。


「そういえば栄太えいたさん……倉名くらな先輩も、割とオトナ系の私服だったよね?」

 沙由の言葉に、陽向はコンクールやライブで倉名に会ったときのことを思い出そうとするが、全く浮かばない。男子の細部は覚えられないのは女子の常だと思っていたのだが。

「そうだね、卒業してから会ったときにちょっと驚いた。いい感じにジャケット着こなしてたし」

 藤風の口ぶりからするに、それなりに記憶に残るものらしい……尤も藤風についてはファッションに敏感すぎる傾向があったが。今の男子部員の服装への無頓着(プラス無知)を補うべく、ステージ衣装のディレクションを手がけていたのも彼女だ。

「お兄、眼鏡を外すとちょっと子どもっぽいんですよ。おまけにチビですし。それがコンプレックスだったらしくて、服くらいは頑張ってるみたいです」

 妹からズケズケと暴露される兄だった。


「合唱部の男の子といえばさ、あの……」

 話題を出しかけた浜津に、もしや詩葉と希和のことかと身構えてしまう。決着をつけて遠慮がなくなったのか、前よりも精神的な距離が近いのだ。しかし浜津の興味は別だった。

福坂ふくさかくんと春菜はるな先輩って、どういう?」

 言及されたペアに、二年生以上が一斉に吹き出す。


「何かあったのは間違いないというか、多分付き合ってるんだろうけど……」

 苦笑する藤風の言う通り。ライブの頃から、あの二人の間の雰囲気は明らかに変わっていたのだが。

「ピュアすぎて邪魔できないし、聞くに聞けないって感じ。そもそも春菜さんはともかく、福坂と恋バナするのは、なんか、絶対に違う」

 香永のバッサリ口調には笑ってしまったが。実際に、誰も確かめないまま公然の秘密になってしまっているのだ。そんな周囲との意識のギャップはどこか可愛くもあり、いくら仲良くしていても怪しまれない同性の自分たちが気楽に思えたりもする……それが正しいかはさておき、陽向が利用してきたのは確かだった。


「けど文化部男子って基本は肩身狭いらしいし、合唱部みたいにカップル多い方が珍しいと思いますよ。ちなみに、演劇部の古参コンビ……八宵ヤヨさんと樫井カッシーは全くそういう間合いじゃないです。息ぴったりなのは確かですけど、カッシーが召し使いみたいな感じ?」

 浜津の表現に、藤風が手を打つ。

「カッシーなんかヤバイよね。うちの飯田いいだ結樹ゆきに対して腰低すぎだけど……そうそう、春菜といえばさ。今日、予定あるとかって……?」

 藤風の浮ついた口調に連られるように、和海が口元を手で押さえる。

「おデートですかね……?」

 そんな二人を尻目に、香永は首を捻る。

「行っててもおかしくないんですけど……どこ行くやらさっぱりです、だって福坂が遊園地にいるのとか想像できます? ホラーかギャグですよ、その絵面」



 ちょうどその日。春菜は福坂と共に、市外のテーマパークに来ていた。テーマパークといっても大した乗り物やらショーがある訳ではない、動物や自然とのふれあいや作業の体験をメインとした施設なのだが。


「可愛かったなあ、みんな……」

帰り道の駅のホームで、カメラロールを眺めながら春菜は呟く。兎に山羊に馬に、普段は近づけない動物たちに触れるのは、春菜にとっては心躍る時間だった。自分の写真を残す習慣はなかったが、せっかくなので福坂には撮影をお願いしていた。


「ごめんねしょうくん、私ばっかりで」

「いいんですよ。俺は動物は見てる方が好きですし……というか、春菜さんが可愛かったので俺は満足です」

「もう、またそういうこと言う……」

 口を尖らせて見上げる春菜の頭に、優しく掌が乗る。三十数センチという身長差も、筋肉の付き方の違いも、こうして近くにいるほどよく分かる。同時に、どれほど彼が気を遣っているかも。歩幅も力加減も、春菜が苦しくないように細心の注意を払われている。


 今日だってそうだ。昔から自然が好きだった、そう春菜が話していたことを、福坂は覚えていたのだろう。その上で、自分も興味があったかのようにさりげなく誘いをくれた――だから、こうして春菜が内心に感づいているのは、彼にとっては不都合なのかもしれないが。


「可愛いんだから仕方ないじゃないですか……けど、本当に。あなたが楽しそうなのが、俺は一番安心できます」

 彼の微笑みに重なるのは、先月頃の、不安と焦燥を押し隠していた表情。祖父が闘病の末に亡くなったことを、春菜が振り切れずにいた頃だ。ようやく気持ちの整理がつき始めたタイミングで、気分転換をさせたかったという意図もあるのだろう。

「なら大丈夫だよ。君みたいに大切に想ってくれる人がいたら、私はずっと」


 少しだけ距離を詰める。福坂の緊張が増すのが分かる――それに引き換え、自分の心は穏やかなままだ。

 付き合い出してから半年。それらしいトラブルはないし、勉強と部活の合間に一緒に過ごせてもいる。そもそも部活でずっと一緒だし、歌い手としての相性だって良くなるばかりだ。大切に想われていることは、日を追うごとに実感する――とはいえ。


 叶うも叶わないも含め、恋に焦がれていた部員たちの姿。身体から透けて見える内心。福坂を含めたそれらに、自分の今はどうも上手く重ならない。もっとカラダを近づけたいだとか、狂おしいくらい離れがたいだとか。そんな相手ができれば分かると考えていた激しい感情は、やはり実感はできないままだった。

 これほど大事にしてくれる彼に、私は同じ「好き」を返せているのだろうか――それが不安でないと言えば嘘になるけれど。ゆくゆくはちゃんと向き合わなければいけないのだろうけれど。


「ねえ、翔くん」

「なんですか?」


 それよりも前に、いま考えたいのは。

「すごく楽しみだよ。君とみんなと、創れるステージ」

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