Ⅴ-6 We cheer you up, if you don't choose us.
こうして、新体制が本格始動し。ミュージカルだけでなく、コンクールに向けても連日の練習が続く。
「
「そっか、ありがとう」
「けど随分と、一緒に歌いやすくなりました」
「……
いつも通り、音の流れを身体に覚え込ませて。
「キヨくんは
「はい、お願いします先生」
優秀な後輩とのギャップは依然として濃厚ながらも。
「そう、それ! まれくん今の覚えて!」
前よりは着実に、課題の克服も早くなり。
「――いいと思うよ、心配していたよりずっと!」
部員全体のレベルが上がる中でも、去年ほどの自己嫌悪には陥らないくらいには、希和の実力は上がってきていた。それは他の部員からも好意的に――というよりは、「心配が減ってきた」と指摘されていたのだが。
「先輩は良いって言ってくれてますけど。相当に言いづらいですよ、先輩のミスって」
「そういうものか……泰地くんたちの中学だと、だいぶ上下関係が強かった?」
「上下っていうよりは、先生をトップにした指導体制が固まっていたんですよね。次に各パーリーがいて、指摘は上から来る形でした。窮屈だって感覚もないではないですけど、実際にそれで上手くなってたので」
「なるほどねえ。うちだとトップダウンが確立するほど人がいないからな……やっぱり不安?」
よくも悪くも、そのときのメンバーの癖が強く出てしまう部だ。あるいは泰地には馴染まないかもしれない、そう思いかけたが。
「不安がないとは言えないですけど。ここの皆さんの空気、やっぱり好きなんですよ。だから多分、どんどん慣れていくんだと思います。
それにそもそも、部活で高校選んだ訳じゃないので、余所と比べるのもあまりしたくないんですよ」
言い換えれば、勉強も切り捨てて部活に邁進して、何が何でも結果を残そうという生徒はそれほど多くない。
「それでも。やっぱり俺は、歌うからには上手くなりたいし、上に行きたいと思う――思ってしまう人間です、多分」
幼げな相貌の奥に渦巻く闘志。自分は持ち合わせてはいないし、先輩たちのエネルギーともまた違ったその感情は、いずれ部の推進力になるのだろうと思えた。
そして。
「でしょ~だから入って良かったでしょ泰地~!」
泰地のその感情に少なからず影響しているのが、旧友……曰く「腐れ縁」の
「うるさい
寄ってきた和海を邪険に振り払う泰地だったが。
「あ~君らマジ可愛い」
「幼馴染みはいいものだ、いいものは決して滅びない」
にやついている
本来気になっているのが妹の
そんな顔ぶれと共に、瞬く間に四月は過ぎていき。
*
下旬の土曜日。
「……という感じで、双子ちゃんと幼馴染という組み合わせが大人気です」
「そりゃ確かに、今までにないタイプだな」
高校の頃と、特に雰囲気は変わらない
「けど、濃い人が集まってくるのは相変わらずだね。私たちが言うのもなんだけど」
メイクにコーデに、一気に明るさが増した
学食のメニューは初めてだったが、値段相応に味も量も充実しているのではと、鯖の味噌煮を噛みしめながら思う。自分で作った方が早いのだろうが、料理から逃げ続けてきた身としては気が重い。
「幼馴染といえば、飯田くんと
由那から思わぬコメント。
「まあ、中学から一緒でしたからね……けど言うほど距離近くもないでしょう」
「そう、同期の男女関係がだいたい暑苦しかったから、近すぎない仲良しって感じで爽やかだった」
「暑苦しくて悪かったな……」
巻き込まれてぼやく中村。
「けど離れたら離れたで寂しいね、昨日も
「俺はしばらく声聞いてなかったな……どうだって?」
「可愛い女の子がいっぱいいて困る~ってずっと喋ってた」
「しばらくは心配なさそうだな」
地元だろうと県外だろうと、相変わらずな先輩たちだった。
「しかし双子か……仲良さそう?」
同席していた
「そんなに頻繁に会っている訳じゃないですけど、良いみたいですよ。だよね?」
清水に振ってみると、彼も頷いた。
「ですです、似てないなりに信頼しあっているみたいで」
「そっか、安心した……もし関係が悪くなりそうだったら、助けてあげてほしい」
「そりゃ、後輩の悩みに向き合うのは吝かじゃないですけど……何か特別な理由でも?」
恐る恐る質問する清水。一方の希和は、去年この大学で抱いたのと同じ直感を覚えていた――もうこの世にいない誰かを語る声だ。きょうだいを亡くしていた、ということだろうか。
弦賀は和可奈と視線を交わしてから、普段通りのトーンで話し出した。
「俺、今は一人っ子なんだけどさ。最初は双子だったんだよ、女の子と一緒の。
お母さんの中で一緒に育って、俺だけ生まれた」
用意していた言葉が詰まる。覚えている別れではなくて、生まれた瞬間の。
「親も途中まで黙ってたんだけどさ。自転車で事故りかけたときに聞いたんだ。
「……そうでしたか、ご冥福を」
答えながら周りを窺う。中村と由那はもう知っていた様子だ。
続いて、和可奈も口を開く。
「だからだよ。陸斗さんが子どもを育てたいって――命をつなぎたいって思うのは」
去年、和可奈から打ち明けられた悩みの裏側でもあった。自分にはなんの責任もないと分かっていたとしても、共に生まれるはずだった命のことを背負ってしまうのだろう。
ここにいられなかったのは、自分かもしれない――その感覚は、理屈で割り切れるものではないのだろう。
重い空気の中、希和が言葉を探していると。
「そんな背景があるから、亡くなった友達の想いを継ぎたいっていうジェフには共感したし、こういう形でサークルにつなげられたのは嬉しいんだ」
幸いにも弦賀の言葉で、話題はHumaNoiseに移った。そもそも講義のない土曜日にこのメンバーが大学にいるのも、HumaNoiseの活動日だからである。
去年の十二月の公演で、合唱部との共演には一区切りがついたのだが。HumaNoiseは以前から進めていたサークル化を成し遂げ、新たにスタートを切ったのだ。
研究者を目指すべく院に進み、より学業が忙しくなったジェームズに代わり、和可奈が運営の中心に。大学の新入生だけでなく、去年のライブで興味を持ったという既存の学生も取り込み、
そして弦賀を中心に楽器隊も集まっており、
まずはサークルの回し方を固めながらパフォーマンスに慣れ、秋の学園祭や冬のライブハウス公演に向けて活動していくという。いずれ一緒に曲を作ろうという話はジェームズとしていたが、もう少し先のことになりそうだ。
「二学期にはまた合唱部の現役メンバーに声掛けようと思うんだけど、今のところどんな空気かな?」
和可奈に聞かれた希和は、そのまま清水の方を向く。
「……僕ですか?」
「だって僕らいないじゃん、君たちが決める番だし」
「あー、そうですね……この流れで言うのも申し訳ないですけど、多分次は乗らないと思います。あのライブをみんなが楽しんでいたのも、それが今の力になっているのも確かですけど。今の一年生まで眺めると、やっぱり合唱を究めたいって考える人の方が多そうですね」
希和には半ば予期できていた答えだったが、それは先輩たちにも同じだったらしい。
「まあそうだろうな、福坂とかそんな感じだし」
「私も部長やってたときはそうだったもんね~。寂しいけど、そこはみんなの選択を応援するよ」
何度も選んできたからこそ。仮に自分たちが選ばれない側になるとしても、その選択を後押しする人たちだ。
「ありがとうございます。もし別で歌うことになっても、絶対に観に行きますから」
「うん、みんなも格好いい歌聴かせてね」
*
練習に向かっていった先輩たちを見送ってから、「せっかくだしオタク巡りしましょうよ」という清水と共に駅前へと向かう。
「そうは言っても、僕はまたゴスペルやりたいですけどね。なんなら大学でああいうサークル入りたいですもん」
「行ったところにあれば良いけどね、僕は信野大に行く可能性は低いし」
「希さんは法学系でしたっけ?」
「そう、国公立のね。そろそろ都会の方に行ってみたい気がするよ、あと車ないと死ぬ県には住みたくない」
「シティ・ボーイという言葉からはだいぶ遠そうですが」
「知ってるよ、けど地方はオタクには辛いって話はよく聞くじゃん?」
「それはそうですね、イベントも即売会もアクセスしにくいですし……そうだ、お互いに金貯まったら同人イベとか行きましょうよ、百合もそれなりに規模あるみたいですし」
「そうね、だいぶ遠い話だけど……」
答えながらも。清水が自然に数年後の願望を口にしてくれたのは、なんだか嬉しかった。自分がここから離れること、離れるべきだということばかり考えていたのだが。変わらないままでもいいのだ。
「ねえ、キヨくん」
「なんです?」
「宜しくね。何年経っても、どこにいても」
唐突な言葉に、清水は吹き出してから。
「……こちらこそ。他の人とは離れなきゃいけなくなったとしても、先輩とはもうちょっと長めに付き合える気でいますよ」
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