Ⅴ-5 Your phrases will shine your party.

 勧誘期間が終わった次の週。演劇部の練習場所である総合学習室には、演劇部と合唱部の部員と顧問、総勢十九名が顔を揃えていた。


「それでは改めて、碧雪へきせつ祭で披露するミュージカル『はぐれ妖精の冒険』のキャストをまとめます」

 黒板の前に立った八宵やよいが、その場を進める。


「まずはアクアズから。主人公ギラハ、ひいらぎ詩葉うたは

ソロに相応しい歌唱ができること、シナリオの雰囲気から声が高めな女子が望ましいこと、それが配役の条件だった。

 先日の曲決めのときから、陽向ひなたは「詩葉には主役をやってほしい」と盛んに言っていた。さらにいえば希和まれかず自身も、シナリオの出発になっていたのは詩葉との思い出であったし、彼女の幼さがイメージにあった――とはいえ、そのことは誰にも言っていない。

 実際、配役会議での詩葉の立候補は、すんなりとは通らなかった。同じく沙由も立候補したからだ。暫定の曲や台詞を披露してから全体の投票を行い、詩葉が選ばれた。負けたとはいえ、沙由さゆの演技も十分に見応えがあったし、先輩相手に勝負を挑んだこと自体、沙由の変化の現れだったと希和は感じていた。


 ちなみに役名は、ファンタジーらしい響きを意識しながら、演者の氏名の音を入れ替えてつけた。


「続いてギラハの母であり、アクアズのリーダーでもあるハヅマ、浜津はまづ真子まこ

 演劇部の二年生で、去年に途中入部したらしい。台詞が多く、母性やリーダーシップを感じさせる大人びた演技が要求されることから推薦された。


「ギラハをからかうゼッキー、藤風ふじかぜあき

 歌の中で意地悪を言う役で、振れ幅のある歌が求められる。「悪役やってみたかったんだよね」という立候補に、初っ端から乗り気の和海なごみがぶつかった。こちらもオーディションになったのだが、速い歌い回しや「意地悪っぽい動き方」は、ラップにダンスにと手を出していた藤風に分があった。


「古風っぽいザッカ、福坂ふくさかしょう

 歌唱パート的に男声が欲しかったという枠。曲で気に入ったのがアクアズだったという。


「続いて。アクアズたちが流された後にギラハが頼りにいくグランズ。

 族長のタキ、武澤たけざわ結樹ゆき

 リーダーキャラをやりたい……というより「こういうのが似合う気がした」との言。実際、希和にとってもイメージは合っていた。


「ギラハに特に攻撃的なズーイ、清水しみず礼汰れいた

 ディスるラップのある役と聞いて、真っ先の立候補だった。清水がやらないなら希和が受けようかとも思っていたが、こちらもイメージ通り。


「怖がりなシーユ、うるし沙由。友好派のナミナ、伊綱いづな和海」

 両者とも推薦で、第一希望ではなかったとはいえ、やる気は十分そうだ。


「続けて、拒まれたギラハが頼りにいくウィングス。

 ギラハの最初の味方になるキーナ、月野つきの陽向」

 詩葉が主人公をやるなら私はこの子、という宣言通り。恋人関係は秘密のままだが、どこにあっても名コンビという空気は部内に定着していた。


「アクアズの毒で後遺症を受けているカッタ、樫井かしい優太ゆうた

 去年の体育祭でも協力してくれた、演劇部の二年生。病に冒されているという設定から、演技ハードルはかなり高い。


「カッタの兄でウィングスのリーダーであるライズ、伊綱いづな空詠そらえ

 男役をやってみたいという願望があったらしく、元から性別未定にしていたところを兄にしての担当だ。台詞だけでなく歌も多いこともあり、合唱経験のある空詠が適役だ。


「友好派のダーズ、飯田希和」

 出番はやや少なめだが、シナリオを練りながらも自分の行き先として考えていた役だった。


「そして天罰を与える神セイド、並びにボスの龍。朝井あさい春菜はるな倉名くらな香永かえ古隠こがくし泰地たいち

 神秘的な存在を演じるにあたり、複数の声を重ねることで台詞に和音、あるいは不協和音を入れることにしたのだ。ピッチの正確さのハードルは高い。春菜と香永は立候補、泰地も経験の長さを推された。


「裏方。まずは音響、渋永しぶなが麻緒まお

 空詠と同じく新入生。裏方志望だったらしく、すぐに重要なポジションを任されることになった。そこに、結樹が補足を入れる。

「ここにはいらっしゃいませんが。伴奏音源の制作には、信野のぶの大の鈴海すずうみ真結まゆさんが協力くださいます」

 去年のライブでも共演した、キーボーディストの彼女だ。当初は合唱部の誰か(特に興味を持っていたのは清水)が担当するつもりで、打ち込みでの音源制作についてレクチャーをお願いしにいったのだが。話をするうちに、「可愛いみんなのために、お姉さんに一肌脱がせなさい」という流れになったのだ。


 最後の一役になったところで、樫井が声を挙げる。

「そして照明、演出は我らが座長、八宵楓!」

 大がかりな舞台装置は使えないため、飛んだり泳いだりといった動作を印象づけるためには細かな照明の効果が不可欠だ。顔は見えないが、キャスト全員の演技を支える要である。


 拍手を煽ってからピタリと止め、八宵は説明を続ける。

「それでは今後の流れについて。まずは飯田くん、シナリオと歌詞の決定稿を頼みます」

「了解です。脚本は来週頭に見せるので、要望があったらください。歌詞は調整を加えてから、松垣まつがき先生にお渡ししてアレンジと楽譜起こしをお願いします」

「はいよ、それで私からずーみんちゃんに渡します」


「お願いします。楽譜と脚本ができたら読み合わせや音取りになるので、それまでに出来る所も進めます。衣装製作ですが、まずは各種族でイメージを固めてください。可能ならデザインまでやっちゃっても歓迎です。それを元に、私と樫井カッシーで作り方を考えます。

 道具類は衣装が終わってから取りかかりましょう。お互いに大会とかコンクールがあるので、そこの切り替えもしっかりと……それでは皆さん、張り切っていきましょう!」



 練習が終わったら、役を演じる部員たちを思い浮かべながら、声やイメージに合うように歌詞や台詞を調整していく。展開を進めるパートは特に苦労しなかったのだが、「役のイメージが固まったら書きたい」と後回しにしていたクライマックスの救出作戦での歌詞は、方向性が掴みにくいままだった。

 あちこちを飛び回る様子を歌で描写できたらと思っていたが、あまりにも説明的すぎる。ならば感情に訴える、熱さを感じさせる言葉で盛り上げるのも手か。そこまで考えた所で、慣れ親しんだ投稿サイトのメッセージ欄へ。


つむぎさん

 こんばんは、前からお話しているミュージカル企画についての頼みなのですが。

 どの話からでも、台詞でも地の文でもいいので、紡さんが熱を感じてくれた僕のフレーズ、挙げてみてもらえませんか? 急で変なお願いですけど、きっと紡さんの方が僕の強みを知ってくれていると思うので。


 和枝かずえ



 最近は予備校通いも本格化しているらしいし少し時間が掛かるか、という予想とは裏腹に。その日のうちに返信が届いた。


〉和くん

 頭を抱えるとはまさに今、そんなオーダーだったんですからね? ここまで性癖開陳パレードしたんです、ちゃんと歌に活かしてあげてください。


 紡



 そうして届いた、いくつもの物語の断片。浮かんだ瞬間にガッツポーズするような、あるいは打鍵の波から浮かび上がったような――書いた瞬間の熱を、自分でも忘れようとしていた言葉たち。それらに、紡は再び火を灯してくれた。


〉忘れないでください。君の言葉が、今日の私を駆動していること。

 君も信じてください。君の言葉が、大好きな仲間たちを歌で輝かせること。

 


 歌よりも小説の方が向いていた、そんなこと誰よりも分かっている。

 それでも今は、どっちにも手を出した半端者だから創れる歌を。


〉みんなといたから、あなたが見つけてくれたから紡げる歌です。

 ひとりひとり違う僕たちへの祝宴です。

 色を重ねて、光を集めて、全力で響かせにいきます。

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