Ⅴ-4 In sparkling bloom, forever!

“さあ、歌とお芝居で、この日に彩りを”

 沙由さゆ結樹ゆきのデュエットに続き。清水しみず八宵やよいとの掛け合いが始まる。


“トンネルを抜けると、そこは雪国であった”

 書生姿で、朗読のように語りかける八宵。

“僕と君は今日、ここ雪坂で出会った”

 高音を利かせ、ラップ調に歌いあげる清水。

“親譲りの無鉄砲で、子供の頃から損ばかりしている”

 八宵が語る日本文学の名文と、

“無鉄砲に飛び込んだって、損はさせないチームばかり待っているぜ”

 それをアレンジした清水のPR文句。合唱と演劇というより、部活全体をイメージさせるような言葉を希和まれかずと選んだのだ。


“響き合う心と笑顔が、競い合う技と情熱が”

 カノンをなぞる、福坂ふくさか春菜はるなのデュエット。


“この場所の、あなたと誰かの三年間を、そしてこれからを、ここにしかない”

 八宵と清水の語りかけ。


“優しく眩しい色に染めていくから”

 ボーカリーズから一転、合唱部全体でのコーラス。その終わりでハーモニーを重ねていき、その間にユニフォーム姿の演劇部二年生、浜津はまづ真子まこ樫井かしい優太ゆうたが歩み出る。


 再開した「カノン」のボーカリーズに合わせて、二人は次々とポーズと台詞を決めていく。

“さあツーアウトから、かっ飛ばす”

“ロスタイムの逆境、蹴っ飛ばす”

“拾って、上げて、ナイスキー”

“放物線が揺らすスリーポイント”


 まずは運動部から。興味のある人が聴いているかはともかく、ある意味では同志だという目配せはしておきたかった。ポーズだけでなく歌の勢いも前のめりだ、去年のゴスペルのバイブスを上手く混ぜられている。


“お祭りの根っこを支えるのも”

“誰かの情熱を伝えるのも”

“みんなが過ごすココを綺麗にするのも”

“最高に格好いい、青春でしょ“


 部活だけでなく、委員会活動も取り上げてほしいというのは、報道編集委員を続けている希和からのリクエストでもあった。部活以外となれば、当然のように。


“机に向かい、極める学生の本分”

“オンラインで探しに行く興奮”


 勉強のため、あるいは学校ではできない何かのために、学内の活動に身を置かないという選択肢もあるだろう。そこにだって青春はある、希和の小説だってそうだ。


 歌いながら、先ほど出会った一年生に目をやる。最前で共に手拍子をしている女子、見るからに音楽が好きでたまらないという子だ。少し後ろで、おとなしく、しかし真剣に耳を傾けている男子。品定めされている気配はしたが、それほど怖さは感じない――真剣さの分だけ楽しい僕らのことが、きっと伝わる。


 他の活動について一通り触れてから、再び自分たち、合唱部と演劇部のアピールに。自己紹介というよりは、お互いを紹介するエール交換だ。


“光浴びる板に立ったなら、あらゆる人生その身に宿し、

 喜怒哀楽、幻想と日常、何にだって変われるのさ”


 四声のハーモニーで、演劇部の紹介。


“ひとりひとり違う心に太陽を”

“呪おうとしたくちびるに歌を”

“重ねたなら、虹のような和音が”

“私の”

“あなたの”

“毎日を彩るのさ”


 演劇部の掛け合いで、合唱部の紹介。


 最後は、よりアッパーになっていくコーラスと、演劇部の勧誘アナウンスに合わせて隊形を変え。

“さあ次は、君が謳う番だ”

“Are you ready?”

 八宵と浜津の呼びかけに続き、最後は全員でポーズを決める。


“Come on, join us!”


 校舎の壁に木霊する響き、その一瞬後に。


 熱烈な拍手が聞こえたかと思ったら、先ほどの女子生徒だった。それに続き、拍手が周囲に伝播していく。中庭だけでなく、校舎の上の階にもギャラリーができていた。結樹と一緒に、場所取りの交渉に奔走した甲斐は十分にあったようだ。


「上手くいったっぽいですね」

 満足そうな清水に頷く。

「そうね、キヨくんのラップもバッチリ」

「次はもっと凝ったの作ってもらっていいっすよ?」

「言うねえ?」


 そうして、インパクトのあるパフォーマンスで好調な滑り出しを見せた勧誘期間であったが。


 *


 結果として、入部を決めてくれたのは初日の二人――伊綱いづな和海なごみ古隠こがくし泰地たいちだけだった、というのも。

「遂に軽音ができちゃったからな~、ウチだってあったら入ってたもん」

 藤風ふじかぜの言う通り、なかなか要望の通らなかった軽音学部が、ついに創設されたのである。

「結構な音楽好きが吸われちゃった感あるよね。元から大所帯だけど、吹奏楽部も若干少なめらしいし……けど藤さん、複雑だったりしない?」

 今更ながらの希和の問いかけに、藤風はしばらく唸ってから。


「タイミング違ったらって、思わなくはないけど。自分の歌をこれだけ好きになれた訳だし、ウチはあの選択肢の中で、ちゃんと好きなこと選べたと思ってるよ」

 彼女は理屈っぽさを嫌う一方で、すっぱりとした割り切りの良さも持ち合わせているのだ。

「で、せっかく選んだ訳だから劇もコンクールも格好よく決めたいし、だから飯田いいだはもうちょい」

「うん、努力を要するのは間違いない」


 人数では少ないとはいえ、小学校から合唱に取り組んでいたらしい二人は、個人レベルでいえば申し分ない人材ではあった。

 まずは和海。普段の喋りはイマドキらしい賑やかなものだが、歌い出すと豊かで安定したお手本のような発声になる。また中学ではパートリーダーを務めていたらしく、指導の経験も長いらしい。パートの希望を訊かれると「どちらでも」と答えており、少なかったアルトになった。

 続いて泰地。音域が高めで、声変わりの後も女声の低音部を歌えていたらしい。テノールを一人で受け持っていた清水は、早くも頼る気で満々である。そしてピアノも長く習っていたらしく音感もいい。中性的な外見も含め、これまでの部にはいない男子だった……もっとも、本人にとってはコンプレックスらしいが。

 実力は確かだし、モチベーションも高め。全体のレベルが上がっていくことは確実なように思えた。


「そうは言っても少ないですよね……もう何人か引っ張ってこられれば良かったのですが」

 申し訳なさそうな泰地に、希和は笑って手を振る。

「君みたいな人が入ってくれただけで有り難いよ。それに僕みたいに、変なタイミングで入ってくる人もいるかもだし」


 さらに、和海の双子の妹である空詠そらえも演劇部に入ったらしい。加えてもう一人の女子も入部したらしく、八宵も安心していた。

 新しい顔ぶれを迎えて、改めて劇のキャスティングを行うことになる。それと同時に、コンクールへの練習ものんびりしていられない。


 新体制での初練習となったその日、松垣まつがき先生から挨拶があった。

「一年生の二人、入ってくれてありがとう。そして上級生のみんなも、続けてくれてありがとう。このメンバーで歌えること、嬉しく思います。

 去年、みんなの顧問をやらせてもらって。上手さとか適性は人それぞれ……思っていた以上に人それぞれだったんだけど」

 ちらりとこちらを見る先生に、希和は会釈で答える。


「それでも。昨日より上手くなろう、昨日より格好よくなろうって、それぞれの壁に真摯に立ち向かってきたのがみんなです。元から備わっていた才能だってあるけど、それ以上に、ひとりひとりが努力を辞めなかったから。コンクールの金賞があって、あんなに良いライブがあったんだと、私は思いました。

 だから、これから夏までに。もっと良い歌を聴かせてくれるって信じてます。劇もコンクールも、今ここでしかできない音楽です。その一度きり、せっかくなら、自分たちの最高で仕上げましょう!」

 張り切った調子で締めた先生に、全員で返事。そして結樹にバトンが渡される。


「じゃあ、先輩方に倣って期ごとに」

「まずは海ちゃんと泰地くん、選んでくれてありがとう。心より歓迎します。

 二人とも、もう完成されていて心強いです。けど私たちだって仮にも先輩、経験年数がどうだろうと簡単に負ける気はありません、だから」

 浮かぶ笑みは、随分と好戦的だった。

「先輩だろうと圧倒する勢いで、歌を聴かせてほしい」

 驚きつつも頷いた泰地と、元気に答えた和海。


「次に、二年生のみんな。

 君たちにバトンを渡すこと、何の心配もしていません。歌い手としても高校生としても、こんなに頼れる君たちが後輩で良かった。一緒に歌えるステージ、最高のものにしましょう」

 答える声に、微かに滲む寂しさ。


「三年生。

 きっとみんな、憧れる姿を追いかけながら、ここまで来たと思う。自分たちが最高学年になって、先輩も大学生もいないフィールドに立っていることに、戸惑っているかもしれない。

 けど。私たちはもう十分、憧れを向けられる側になっているはずだから。越えてきたことも、悩んできたことも。積み重ねてきたことの全部が、今の歌に生きているって、私は信じてる――最後まで、宜しくね」

 頷いて、左胸に拳を当てる。追いかける側ばかりじゃ、終われない。


 そして、円陣を組んで手を重ねる。

「ちなみにこれから掛ける言葉を考えたのは飯田なので、もし苦情があれば彼に言ってほしい」

「そこバラすの無しだよ!?」

 結樹が言うからこそ説得力があると思ったのだが、これくらいくだけた方が良かったのかもしれない。


「心に太陽を、くちびるに歌を、人と人との間に虹を。

 私たちだけの煌めきを、世界に、永遠とわに――咲かせましょう!」


 揃えて答えた声が、新しい物語と、最後の季節の扉を開いた。

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