Ⅴ-3 Similarities as well as differences will amuse you.

「それでは、ホームルームを終わります。帰る人は気をつけて、部活見学の人は羽目を外さないように」

 挨拶が終わり、教室にガヤガヤとした空気が広がる。雪坂高校に入学しての第一週、今日から部活見学が解禁になり、周囲でもその話題が盛んだった。


「コガ、やっぱり合唱行くの?」

 中学からの友人である椹田さわらだの質問に、古隠こがくし泰地たいちは曖昧に返す。

「どんな雰囲気か分からないし、まずは遠巻きにムード見ようかなって。合わなさそうだったら撤退」

「そうね~、けどコガが合唱以外をやるイメージ浮かばないけど」

「うん、それは同感」


 小中と続けてきた、唯一の取り柄である合唱。高校で続けたいのは確かだが、合わない空気の中で歌うのは避けたい。そのためにも、まずは近づきすぎず偵察を……そう思いつつ、椹田と一緒に廊下へ出ると。聞き馴染みのある、しかし聞きたくなかった声に捕まる。


「あ、いた泰地!」

 女子の声で呼ばれる男子のファーストネームというのは、なかなか目立つ。もう高校なんだから少しは空気を読んでくれと思いつつ、声の主を振り返る。

「なんだよ、うみ

 海――伊綱いづな和海なごみ、同学年で腐れ縁の女子。いわゆる幼馴染ではあるが、妙な甘さが漂うそのワードはあまり使いたくない。


「合唱部が中庭で勧誘やってるらしいから、行こ?」

「……言われなくても行くっての」

「泰地のことだから、様子見して気が引けたら逃げようとか思ってたでしょ? 貴重な男声を逃すの嫌だもん」

 図星を悟られないように無表情を貫くも、隣の椹田は盛大に吹き出していた。


「さっすが伊綱さん、ビンゴ」

「あ、やっぱり? じゃあサワくん、悪いけどコイツ借りるね」

「どうぞどうぞ」

「――って、おい」


 あれよあれよという間に。椹田は人混みの向こうへと消え、隣では和海が睨みをきかせている。

「……分かったよ、行くから」

「宜しい。あと、そらも待とう。演劇も一緒にやるらしいの」

「へえ、演劇と合唱……まあ、似てるは似てるか」


 空――伊綱いづな空詠そらえ。和海の双子の妹で、同じく泰地の腐れ縁。もっとも、空に関しては「幼馴染」も吝かではないのだが、あちらはそこまで親密に考えていないだろう。

 間もなく教室から出てきた空詠は、和海から勧誘のことを聞くとすぐに頷いた。彼女たち姉妹の後ろを歩きながら、泰地は昔を重ね合わせる――比べると随分、似なくなった。


 彼女たちは一卵性の双子であるが、それをすぐに見抜ける人はそれほど多くないだろう。顔立ちこそほぼ同じなのだが、雰囲気や服装が正反対なのだ。

 姉、和海。長く下ろした髪、明るいヘアゴム、人前ではコンタクト。制服のみならず私服でもスカートを選びがち。トーンの高い声でよく喋る。泰地にはことあるごとに干渉してくるし、喧嘩になりやすいのもこちら。

 妹、空詠。ショートカットに眼鏡。私服ではまずスカートは選ばないし、今もスラックスで過ごしている。無口というほどではないが、落ち着いた印象。泰地に対して、それほど強い干渉はなく平和――裏を返せば、関心は薄い。


 双子という属性に逆らうかのように、あらゆる要素で反対を選んでいるようで。仲は良いし、高校だって一緒になったのだ。長く過ごすほど、似ているのかどうか分からなくなる。

 しかし部活においては「違う方」に傾いてきていた。小学校でも中学でも、泰地も含めた三人で合唱に取り組んでいたのだが、空詠は中三のときに「歌よりお芝居やりたい」という意思を固めていたのだ。合唱が好きで仕方ない和海は最初こそ反対していたものの、意外にもすんなり納得していた――その柔軟さが泰地には発揮されないのが謎だったが。それこそ、双子だからこそ違いを認め合いやすいのかもしれない。


 階段を下りていくと、勧誘する部員たちでごった返す人混みの中に、合唱部の看板が掲げられているのが見つかった。


「この後すぐ、演劇部と合唱部のコラボステージです! 放課後の五分間、一緒に旅してみませんか?」

 よく通る澄んだ声、恐らくソプラノ。


「お、いたいた! 声かけよっか」

 振り返らず、ずんずんと進んでいく和海。追いかけていくと、そこには二人の部員がいた。先ほどの声の主と思しき小柄な女子と、看板を掲げている眼鏡の男子。刺繍の色からして二人とも三年生。とりあえず男子はいるらしい、ひと安心。

 女子の先輩が、近づいてきた和海に目を留め、目を輝かせてぱたぱたと駆け寄ってきた。


「こんにちは、もしかして合唱に興味ある方ですか?」

「はい、こっちの男子も! この子は演劇が気になってて」

 当たり前のように泰地を巻き込んでいく展開だが。

「ほんとですか! 一緒にステージやるので、時間あったら是非!」

 先輩部員の喜色の前には、突っ込む気力も失せてしまった。それだけ裏のなさそうな歓迎だったし、とりあえず悪い人ではないだろう。


 その女子に、男子の先輩から声が掛かる。

「せっかくだし、詩葉うたはさんでご案内したら? 君も早くお喋りしたいでしょう」

「うん、したい! けどまれくん残しちゃうよ?」

「平気、どっちにしろすぐ動くし」

 交わされる会話からも、仲が良さそうな印象が伝わってきていた。異性間の妙な間合いも感じない。

「分かった、お願いね。じゃあみんな、こちらです!」


 詩葉というらしいその先輩と、早速お喋りに興じている和海に続いて、中庭へと歩いていく。背後からは、先ほどの男子がステージ開催を呼びかける朗らかな声が聞こえてきた。


「へえ、おふたりは双子さんなんですね」

「そうなんです、見ての通り正反対ですけど。先輩、ごきょうだいは?」

「一人っ子です、まあ妹みたいってよく言われますけど」

 そう笑う詩葉に、空詠が声をかける。

「そうですか?先輩、お姉さんっぽいなって思ってましたけど」

「え、嬉しい! 滅多に言われないです」


 はしゃぐ詩葉から、空詠の横顔に視線を移すと――それ、してやったりの顔でしょ?

 先輩に華を持たせたかったのだろう、そんな策士めいた気の回し方も、また。


「けど部活のみんな、きょうだい同士みたいに思えることもあるんですよ。後輩がお姉さんみたいに思えることも多いですけど」

「私の合唱部もそんな感じでしたね~、それこそ泰地……こいつも、男子ってか弟みたいなもんですし」

「ナチュラルに下に置くなよ、どれだけ勉強教えたと思ってるんだ……」

 力なく突っ込む泰地に、空詠が言う。

「大丈夫だよ、私は弟とか思ってないから」


 弟とか思っていない――兄だと思っている訳でもないだろう、つまりは他人。つまりは「男子」として見ている――という解釈も的外れであろうことは、いい加減に察しがついている。


 中庭に着くと、他の部員も寄ってきた。その中の一人、目が合った女子生徒には見覚えがあった。

「あの、先輩って東中で美化委員やってた……」

 反射的に声をかけたものの、名前が出てこない。なら言うんじゃなかったと焦る泰地の内心を汲んだように、その生徒は微笑んで名乗る。


「はい、東中出身の朝井あさい春菜はるなです。古隠くん、お久しぶりですね」

 委員会で数回ほど作業を共にしたくらいだが、ばっちり覚えられていた。

「先輩も合唱部だったんですね、昔は話聞いていなかったので驚きました」

「こっそり憧れていたんですよ。古隠くんも、後はそちらの女の子も、ステージで素敵でしたし」

「聴いてくださってたんですか、嬉しいです!」

 穏やかな人当たりは記憶通り。しかし、以前よりも声の色は格段に明るいし、表情からも自信を感じた。そんな風に、人を変える場所なのだろうか。


 横では、空詠が三年生の女子と話していた。どうも演劇部のメンバーらしい。

「じゃあ、これまでは演劇部だけでの活動だったんですね?」

「そうそう、今年もコンクールはウチらだけで芝居やるよ。ただ今度の文化祭では一緒にミュージカルやる予定なんだ、最後……ああ、私たちにとっての最後くらい、大勢で賑やかなのやりたくてさ」

「ミュージカルですか……また歌やることになるのも意外ですけど、他の誰かになる経験がしたくて演劇に興味持ってたので、それも楽しそうです!」


 ミュージカル、泰地も入部したら参加することになるのだろう。好んで観る方ではないが、嫌いという訳でもない……というよりも、劇やポップスといった「寄り道」にあまり乗り気でない和海がどう捉えるかの方が気になった。

 そんな和海はというと、二年生の女子部員と盛り上がっていた。その先輩も随分と地声が大きく、がやがやとした空気の中でもしっかりと内容が聞こえてくる。


「だからアイツ即戦力ですよ、高音得意ですしピアノも弾けますし」

「あの可愛い彼ね~、いまテノール一人だったから神タイミングだわ!」


 もう完全に入部前提で話が進んでいた。加えて早くも「可愛い」認定されてしまっている。

「早速困らせちゃいましたね……」

 手を合わせる春菜に、慌てて手を振って答える。

「いや、可愛いとかは言われ慣れてるんで大丈夫です。中学のときは先輩方にすぐに囲まれましたし」

 色素が薄く中性的な、中学に上がっても女子と間違われやすかった風貌。年を重ねれば男らしくなるという楽観は、そろそろ萎えてきた。

「今いる男の子が、その……地味なタイプが多いから盛り上がっちゃって。けどあの子にとって『可愛い』は挨拶みたいなものだから、あまり気にしないでださい。

 それよりも、勧誘のときに言うことじゃないんだけど……気が乗らなかったら、無理しないでくださいね?」


 和海の態度が引っかかっていたことも、春菜に見抜かれていたらしい。

「ありがとうございます、けど……楽しいですよ、この空気」


 嘘ではない。勧誘だからと虚勢を張っている風でもなく、普段からお互いに居心地のいい関係を築けている人たちだという直感があった。

「それは良かったです。あなたがどんな人でも、きっと楽しい……みんなと一緒のぶんだけ、みんなと違う分だけ、楽しめる場所だと、私は思っています」

 合唱は「同じであること」を求める場だと思っていた泰地にとっては、意外な返答だった。

「……斬新なこと仰いますね?」

「聴いてくれれば伝わると思いますよ……みんな集まってきましたね。それでは、ごゆっくり楽しんで」


 春菜の言う通り、いつしか十人以上が周辺に集まっていた。うち数人は衣装や小道具を携えている、演劇部だろうか。


「ほら、泰地も来て間違いなかったでしょ!」

「結果だけ見ればな」

 得意げな和海を振り払ってから、部員たちに意識を集中させる。


 さっきの詩葉と、派手目な三年女子が呼びかける。

「それではこれから、合唱部と演劇部合同での、歓迎パフォーマンスを行います!」

「他の部を考えているそこの君も、ちょっとだけ時間をください――ワン、ツー!」


 かけ声と共に振られた手、それを合図に歌が始まる。

 中庭の喧噪を破るように広がっていく、混声のコーラス。ボーカリーズによる、20世紀フォックスのファンファーレだ。ソプラノの伸び、アルトの太さ、男声の厚さ、どれも少人数なりに充実しているし、ピッチも正確。人数はネックだとしても、実力はそれなりに備えていそうだった。


 さっきより静かになった空気の中で、次の曲へ。メロディはパッヘルベルのカノンだが、ゴスペル調とでも言おうか、随分とアップテンポなアレンジになっている。合わせて、マントと帽子を身につけて書生のような格好をした女子が歩みでる。同じく合唱部の男子パートから、ひょろっとした二年生の男子が前に。


 カノンのメロディに合わせて、女声のデュエット。

“さあ、歌とお芝居で、この日に彩りを”

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